ガガガッという力強い音とともに、鮮やかな糸が絵を描き、マットへと形を変えていく。TikTokやInstagramで見るその様子に魅了され、自らタフティングを体験してみたいという人が増加中だ。驚くべきことに中武さんがタフティングを知ったのも、比較的最近のことなのだという。
「本業はデザイナーなのですが、某アパレルブランドに携わっていた際に商品のラグを見ていて、自分が個人的に手がけるブランドでもオリジナルのラグをつくってみたいと思ったことが、そもそものきっかけです。調べてみると、アメリカなどでタフティングという手法でラグをつくっている人たちの存在を知り、自分でもやってみようと道具を揃えました。ものを作ること、手を動かすことは得意な方なので、はじめることに躊躇はありませんでした」
取材時、クリスマスや正月などの行事ごとに制作しているというラグを見せていただく。点字ブロックや鏡餅など、どのモチーフも唯一無二で魅力的だ。
それからまもなくのこと、試行錯誤で制作したラグをアップしていた中武さんのInstagramをたまたま見ていたのが、現在ビジネスパートナーとして共にタフティング界を盛り上げている、MIYOSHI RUG(以降 ミヨシラグ)運営会社の代表、市川憲人さんだった。
「タフティングが海外で静かなブームとなっているのを知り、色々とチェックしていたんでしょうね。日本で個人でやっているのを初めて見かけたと、Instagramを通してやりとりがはじまりました。というのも、徳島県三好市は絨毯産業で盛んな街でしたが、現在はわずか3社ばかりが残るのみ。ミヨシラグに至っては、高齢のパート職人さん数人を中心に切り盛りしていました。オーダーラグやカーペットを請け負うものの、新調してから数十年は経っているだろう、古いタフティングガンを修理を繰り返しながら使っている状態。このままではあと数年で潰れてしまいそうな、そんな雰囲気さえもありました。何か打開策はないかと悩んでいたのだと思います」
三好市へ足を運び、職人から技術面や制作のコツなどを教えてもらう。反対に中武さん側からは、自分が使っている輸入タフティングガンを紹介したりと、いわば、知識と感性をトレードするように関係が深まっていく。そして「ともに業界を盛り上げてほしい」という市川さんからの依願もあり、ミヨシラグから素材を提供してもらってのワークショップが開始する。工場には若者が不在のため(中武さんは)手が回っていなかった工場内の力仕事や整理整頓なども率先して行い、必要な素材を揃えていったという。
三好市、ミヨシラグとの縁がきっかけとなり、はじまったタフティングワークショップ。その面白さに最初に気づき、夢中になったのはイラストレーターやグラフィックデザイナーなどのクリエイター陣だった。
「タフティングの魅力はグラフィックとプロダクトの中間のような存在であること。どちらにも興味があり携わっている自分からすると、好きなデザインやイラストが半立体の形になるという面白さがあります。しかもそれが自分の手で短時間でできるというところがいい。イラストレーターの方などが自分の作品でラグをつくり、それを面白がってもらえた。それが短期間でムーブメントになっていった要因のひとつだと思います。
その一方で、ワークショップをやってみて気が付いたことなのですが、絵心がないとダメかというとそういう訳でもないんです。絵が下手だからとガチガチに緊張している人もいるのですが、全然こだわらなくて大丈夫ですよと話をします。むしろ、そんな方がつくる作品の味わいやラインの描き方が好きですね」
一般的なワークショップと比較しても長いであろう、4〜5時間という体験時間。それでも月毎に募集をかけるや否や、あっという間に満席となる。参加者の多くを占めるのは20代後半〜30代前半の女性だという。
「KEKEのInstagramをフォローしている人は20代半ばのZ世代が多いのですが、おそらく参加費の価格帯の問題で、実際にワークショップに参加するのは25歳から35歳ぐらいの方が多いように思います。素材の原価や仕上げにかかる人件費の問題でなかなか下げることが難しくて。でも、若者に面白いと思ってもらえるのは嬉しいことです」
完成後に接着剤で毛束を固定するため、それまでは引き抜くことで微調整ができる。「慣れれば油絵のような細かい表現も可能です」
「これまでのワークショップを振り返ると女性の参加者が多いのですが、それは初期に参加してもらったインフルエンサーの方に、たまたま女性が多かったことに影響していると思うので、これから男女比が変化していく可能性は大いにあると思います。というのも、タフティングはスポーツや大工仕事に近い動きで、結構体力が必要な作業です。筋肉痛になりましたと、感想をいただくこともありますし。一般的な手芸とは全く異なる世界なので、もっと様々な年齢層の方にワークショップに訪れてもらいたいと思っています。また、想像していなかったのが、スマホを触らずに集中したのが久しぶり、という若者の声。Z世代は集中して何かに取り組むことが苦手だと言われているので、熱中してものづくりに取り組む様子は印象的です」
ワークショップの様子。一番人気のモチーフはペットだとか。
ワークショップになかなか参加できない遠方ユーザーや自宅で制作を行いたい遠方のお客様からの要望を受け、オリジナルパッケージのタフティングガンと素材のキット販売も行う。確実にブームをつくりあげたと言っても過言ではないtufting studio KEKE。ビジネスパートナーであるミヨシラグとの今後についても聞いてみた。
「個人の楽しみとしてタフティングをはじめた日から今に至るまで、実はまだ1年半ほどしか経っていません。それゆえ先が見えないことも多いのですが、ひとつ明確に言えるのは、若い職人さんを増やすという目標です。実際この春、年配のパートさんしかいなかったミヨシラグの工場に、職人候補の若者が6人はいってくれました。皆ものづくりに興味がある子ばかりです」
工場へ新たに加わったというメンバーのうち、3人に話を伺うことができた。インタビュー時は入社してわずか三ヶ月という時分。いったいどのような経緯でミヨシラグに加わり、どのような日々を送っているのだろうか。
井ノ口鮎奈
「神奈川県、横浜出身の26歳です。もともとはアパレル勤務で働いていましたが、売るよりもその一歩前に携わってみたい。つくることを仕事にしたいという想いがあり、三好ラグ会社の存在を知ってアプローチをし今に至ります。tufting studio KEKEでワークショップにも携わりましたが、現在の職人さんがあと1、2年で退職することを知り、同じ時間を過ごしたいという気持ちが高まって、徳島県に引っ越すことを決めました。
がらっと生活も環境も変わり、今は職人になるための修行中といったところです。いつか、一年目はこんな感じだったよね、と笑えたらいいですね。将来的には良いものをつくりたいのはもちろんですが、今はまだないようなローカル色を活かせるようなものづくりがしたいです。また、タフティングブームによって個人でラグ作りを試す人も増えていますが、工場でしかできないことがあるので、そこは差をつけていきたい。自分にできることを模索していきたいと思っています」
大島菜々
「神奈川県出身です。横浜美術大学でテキスタイルデザインを学んでいた3年生のとき、職人になりたいという想いが強くなりました。実家は左官屋。跡を継ぐことも想定していて手伝いに立つこともありましたが、左官は肉体労働。年を重ねても続けられるか不安になり、得意な分野とフィールドで長く続けていける職人への道を模索しはじめました。
先生に相談したところ、大きくわけてプリント、染色、ラグという三つの方向があることを教えられ、やりとりする中でミヨシラグのことを紹介してもらいました。四年生の間はtufting studio KEKEでインターンとして過ごし、この春に卒業して徳島に移ってきたという経緯です。本当は神奈川県から出るつもりはなかったんですが(笑)
日々、割り振られることが異なるので、その日によってそれぞれが分担作業をこなしています。そうすると他の人の気持ちがよくわかるし、どの工程も分け隔てなく丁寧にやろうという気持ちになります。そして個人的には職人でもありたいし、アーティストでもありたい。並行して自分の作品も創っていきたいです」
永井幹人
「茨城県出身の22歳です。大学入学で東京に上京しました。就活中にミヨシラグを見つけたことがきっかけでタフティングについて知り、KEKEでのインターンを経て徳島にきました。 最初にミヨシラグを見つけたときに、ウェブサイトで職人さんがつくった動画を見て感動。これはワークショップに数回参加する程度では学べない技術だと思って、実際に工場で働くことでしっかり身につけたいと思いました。
徳島にやってきて感じているのは、先輩の職人さんたちが自分の及ばないところにいるということ。タフティングをもっと深く知りたいという気持ちになりました。あとは、工場がほぼ外のような環境でとっても寒くて……夏はきっとすごく暑いはずなのでかなり過酷です。目標というと、まだ周りのことを考える余裕はなくて、早く技術を盗んで追いつきたいですね。同じ工場内に入社してちょうど1年の先輩がいるのですが、自分も1年後には同じ力量、もしくはそれを超えられる技量を目指していけたらと思っています」
ワークショップ運営にとどまらず、産地やミヨシラグとの架け橋となり社員を増やすことにも力を尽くしている中武さん。タフティングを一過性のブームで終わらせないという強い意気込みを感じる。今から社会に出る若い世代へ、またものづくりと向き合う方へ、どんなひと言を伝えたいか。今後の目標とともに伺った。
「周りの人と違う方向を向いていること、前例がないということに気づけた時点で勝ちだと思います。だからこそそれをやらない選択肢はない。活動を続けさえすれば自ずと道になり、気づいたら先頭に立っているはず。
長い目線で言うと、徳島県を飛び出して東京や都心に近い場所に工場をつくれたらと考えています。大きいラグを作るには広い場所がないと難しいので、現在ワークショップを行なっているアトリエではつくれるものに限界がありまして。その他、まだまだ、やれること、やりたいこともたくさんあります。ミヨシラグと一緒にタフティング業界を盛り上げたいですね」
MIYOSHI RUGから仕入れている糸は約80色。蛍光色など、これまでにない新色の開発も進行中だ。
株式会社毛毛 代表 中武 薫平
多摩美術大学プロダクトデザイン学科卒業
ワークショップを通じてタフティングの技術を幅広い層に届ける活動を行なっている。合同会社KIENGIにプロダクト・グラフィックデザイナーとして所属している。
KEKEという会社ができるタイミングでロゴ、名刺を制作しました。最初は他店で印刷しましたが、そこにはグレーの用紙がなく、白地に色をのせる(印刷する)ことでグレーを表現しました。その後、特色(オリジナルの調合インク)がつかえるところで、もう一度つくりなおそうと思い、足を運んだのが羽車のショールームです。いくつかあるグレーの紙から活版印刷ができる、しっかりとした厚みの用紙をセレクト。再生紙なので、中にカラフルな糸屑のようなものが見え隠れするのもいいですよね。まずは自分の名刺を作って試した後、同じ用紙でスタッフの名刺も制作しました。
今後、紙をつかったアイテムで気になっているのは、タフティングワークショップを贈ることのできるギフトカード。実は最近、結婚祝いにワークショップをプレゼントしたいという意見をいただきまして。つくったラグを贈るのではなく、ラグつくりの時間を贈るというのがいいですよね。その時にしっかりとしたギフトカードがあると面白いな、なんて思っています。
サイズ | 91×55mm(ネームカード) |
---|---|
紙 | Basic ライナーグレイ 260g |
印刷 | 活版印刷 |
色 | 指定色(PANTONE165U) |