「アイスクリームをお届けするのは、とても幸せなビジネスです。随分前に見たアメリカのドキュメンタリー番組に、印象深いシーンがありました。長年アイスクリームショップを経営しているオーナーが、どうしてお店を開いたのか理由を尋ねられ、『アイスクリームは、人を幸せにするビジネスだから』と輝く瞳で答えていました。『お客様は皆、お店を出た後にいつも幸せを感じているのだ』と。このシンプルな答えにとても共感したのです。私たち夫婦は、デザイン事務所の経営から一貫して、人々に幸せをもたらすビジネスに関心があります。そしてアイスクリームが大好きです。以来、いつかアイスクリームの事業がしたいと考えるようになりました。」
それから数年経った2011年、Lim夫妻はシンガポールのローカルエリアToa Payohに趣のある空き店舗を見つけた。直感的に「ここでアイスクリームショップを開きたい」とひらめき、すぐに友人でパティシエールのAudreyに相談を持ちかけた。彼女の子供の頃の夢は、アイスクリームショップを持つこと。幸福な偶然が重なり、それから半年後、Creamier(クリミエール)の一号店がオープンしたのだった。
オープン当時のcremierの一号店。アイスクリームとコーヒーをカジュアルに楽しめる地域密着のショップ。(現店舗は2019年10月に同エリア内に移転。)
「Creamierは、美味しいアイスクリームを、リーズナブルな価格で提供することで、お客様に幸せのひと時を感じてもらいたいと考えています。地元の人々が気軽に利用できて、リラックスできる空間になれたらいいですね。もちろん、Creamierのアイスクリームは、すべての工程と新鮮な材料にこだわり、防腐剤や添加物のような安価なトリックは一切ありません。また、その日に出せるアイスクリームを数量限定で提供しています。」
アイスクリームとコーヒーのショップCreamierは、現在シンガポール国内に3店舗。甘い物が好きなシンガポール人に愛され、あらゆる世代の人々が集う人気店へと成長した。
地元の人々や海外からの観光客で行列ができることも珍しくない。
Cremierは茶色のクラフト紙を使用し自然な印象を演出する。カップのラベルにはフレーバー名を手書き。
「Creamierを展開して2年後。『オーダー直後にかき混ぜ、なめらかに溶ける、新鮮なアイスクリームを提供できたら、どんなに素晴らしいだろう』と思うようになりました。その情熱は消えることなく、かえって熱を帯びてきたのです。」
そして2014年、閑静な住宅街におしゃれなレストランやバーが建ち並ぶHolland Villageに、姉妹店のSunday Folks(サンデーフォークス)が誕生した。出来たてのアイスクリームには、ワッフルやマシュマロ、グラマラッカ(黒糖餅)などの自家製トッピングなどが自由に選べる。そしてパフェやケーキ、チョコレートといった素材にこだわりぬいた手作りのデザートも並ぶ。新しいスタイルで挑んだ姉妹店は、あっという間に人々のハートをつかんだ。
温かみのある木材と洗練されたインテリアが印象的なSunday Folksの店内。
「なぜCreamierと別ブランドにしたかというと、経営者として、常に自分のビジネスを強くすることが意識的にあったのだと思います。Sunday Folksは、アイスクリームをより良くしたいという哲学から生まれました。Sunday Folksのコンセプトは、手作りデザートの素晴らしさを伝えること。職人が作り上げるアートのようなデザートで、お客様の日常にちょっとした喜びを演出できる、そんな存在でいたいですね。」
Sunday Folksでは、『ソフトクリーム』の代わりに『新鮮なアイスクリーム』と呼ぶ。ファーストフードや低価格帯のソフトクリームとは一線を画す、その違いは製造行程にある。既存のソフトクリームは、長期保管ができるように防腐剤入りのミックスを使い、量を増やすためエアーインジェクション(空気注入装置)が付属した製造機で素早く絞り出す。一方、Sunday Folksはまったく逆の方法をとる。新鮮な牛乳とクリームを使用した、作りたてのミックスを冷やし、イタリア製の製造機で通常よりも、ゆっくりとした速度で搾り出す。余分な空気を注入しないアイスクリームは、既存のソフトクリームよりも濃く、強い味になり、本来の新鮮さを味わえるのだと言う。
Sunday Folksの人気メニュー。アイスクリームの口どけの良さは、厳選した新鮮な素材のみを使用して、徹底した温度管理によるもの。
「健康的で美味しい食べ物は、生活の中で最もシンプルな喜びです。 どこにいても、どの文化に属していても、食べ物は人々を結びつけるものなのです。そして私たちのアイスクリームは、『手作りで、新鮮で、オリジナルで、おそらく革新的』だと自負しています。 Sunday Folksでは、常にデザート作りの技術を追求し、敷地内のキッチンで毎日、自家製のアイスクリームや厳選されたデザートを作り上げています。そんな職人による情熱と愛情を、楽しんで欲しいのです。たとえ来店した日にちは覚えていなくても、アイスクリームを口にした、その幸福な瞬間を、お客様に提供できたら素晴らしいですね。」
CremierとSunday Folksが、これほどシンガポールの人々を魅了するのには、美味しさのほかにも訳がある。Sunday Folksのサイトをご覧いただきたい。ショップの空気をそのまま閉じ込めたような美しい映像と心地よいBGM、ブランドイメージに沿って、細部までセンスの光るデザイン。webサイトはもちろん、すべてのデザインをディレクションするのが、このビジネスのオーナーであり、デザイナーでもあるVictor Limさんなのだ。
「In Great Company Group社には、社内にデザイナーはいません。もともと私はデザイナーですから、店舗内装やブランディング、ギフトパッケージなどの印刷物のデザインに至るまで、すべてを自分で手掛け、デザインを統一したくなるんですね。(笑)
例えば、Sunday Folksのクッキーやチョコレートのカリグラフィーデザインは、シンガポール在住のプロのカリグラファーへ依頼していますが、パッケージの仕様や、色と紙の選定は、私が手掛けています。
もちろん、各ブランドでお願いしている専属のフォトグラファーもいます。けれど、SNSの写真は、ほとんど私が撮影したものですね。また社内に撮影が得意なスタッフが2名いて、時々お願いすることもありますよ。彼らの写真の腕前はかなりのもので、限りある予算を抑えてくれて、助かっています。
Sunday Folksのクッキーやチョコレートのパッケージデザイン。ブランドコンセプトやデザインは、Victorさんが手掛け、カリグラフィーは、シンガポール在住のThe Letter J Supplyさんが担当。Sunday Folksでは白を基調としたテクスチャの良い紙を使用。
Victorさんが、ブランディングする上で、大切にしているのが、お客様のワクワク感を高める演出だ。
Sunday Folksでは、期間限定のフレーバーが頻繁に登場する。さらに、もらった人がうれしくなるようなギフトパッケージを用意し、いつショップを訪れても、新鮮な驚きと楽しさを感じられるような演出を心がけているのだ。
「Sunday Folksのメニューは、来店したお客様の期待が、さらにあがるように工夫を凝らしています。冊子形式のメニューは、写真と手描きのイラストで構成されており、まるで絵本のように、次のページをめくりたくなるデザインを心がけているんですよ。見た目にもワクワクするメニューは、期間限定のフレーバーが変わるたびに刷新しています。」
洗練されたデザインのメニュー
ルイ・ヴィトン公式のシティ・ガイド シンガポールにCreamierが掲載され、TripAdvisorなどの口コミグルメサイトでも、高評価を得ていることから、地元の人々はもちろん、多くの観光客が、この居心地の良いショップへ集まり、時には長い行列と待ち時間になる。こうした人気に甘んじることなく、CreamierとSunday Folksは、新たな取り組みを行っている。
ローカル性+ワークショップ
「私たちは、ローカル性を大切にしたいと思っています。Creamierでは、Creamier & Friendsというイベントを2カ月に1回開催し、私の友人でもあるクリエイターを招いて、地元の人が楽しめる場を作っています。例えば、Sunday Folks のロゴを手掛けたカリグラファーのワークショップや、地元の子どものために、イラストレーターを招いて、絵本の読み聞かせとお絵かきのイベントを行いました。またSunday Folksでは、チョコレートの原料となるカカオや、コーヒー豆を学ぶ会など、食材をテーマにしたワークショップを不定期で開催しています。いずれのイベントも、日頃、ショップを利用してくださるお客様に、ブランドへの理解を深めてもらうために始めたもので、毎回好評です。」
地元クリエイターとのコラボレーションで店内にて似顔絵をプレゼントしたイベント。
Sunday Folksで行われたチョコレートのワークショップの試食。印刷物も美しい。
デザートテーブルのデリバリー
さらにSunday Folksは、デザートテーブル*¹のデリバリーも行っている。その華やかさは、お客様がハッピーになる瞬間を演出したいという、ブランドコンセプトの集大成ともいえるだろう。
「企業のパーティーや結婚式、誕生日会、ベビーシャワー*²など、デザートテーブルが活躍するシーンはさまざま。注文するのは、長年お付き合いがあるお客様です。Audreyが監修した高い品質のデザートが並び、デコレーションは、私とマーケティング、キッチンチームによってまとめています。Creamierを立ち上げた当初から、私たちは『幸せを創造するビジネス』だと信じてきました。ブランドと私たちの信念は、チームに引き継がれ、お客様にも伝わっていると願っています。」
パーティーを華やかに彩るデザートテーブル
これからについて
「私たちらしさが詰まった、この革新的なアイスクリームビジネスを、世界へも紹介したいと思っています。昨年、2019年末にはインドネシアの首都・ジャカルタにSunday Folksをオープンしました。また、2020年に中国最大の都市・上海で、Sunday Folksの開店を予定しており、それに先駆け2019年夏に、上海静安ケリーセンターで、2カ月間のポップアップショップをオープンしました。
海外で店舗展開する中で、大事にしているのが、その土地で長年愛されているフレーバーをアイスクリームで表現することです。例えば、ジャカルタでは、地元で愛されているデザートの『Klepon(クレポン)』をラインナップに加えました。上海では、『white rabbit(ホワイトラビット)』というミルク味のキャンディーが有名で、その限定フレーバーが好評だったんですよ。
海外進出にあたって、現地調査と信頼できる有能なパートナーは欠かせません。その基準が満たされない限り、次のステップに進むリスクは取らないでしょう。将来的には、東京、香港、パリでオープンできることを願っています。」
Cremier Toa Payoh本店
Blk 131 Toa Payoh Lorong 1 #01-02 Singapore 310131
cremier.com.sg
instagram @creamier_sg
「常にお客様へ幸せのひと時(moments of happiness)を伝えたい」をコンセプトに2011年オープン。新鮮な素材、リーズナブルな価格、美味しさを追求したアイスクリームを提供。地元の人々が気軽に集えるリラックスした空間が特徴。シンガポール国内に3店舗を構える。Toa Payoh本店は2019年10月に今の新店舗へ移転。
Sunday Folks
44 Jalan Merah Saga, #01-52 Chip Bee Gardens, Singapore 278116
sundayfolks.com
Instagram @wearesunday
Limご夫妻が「手作りのデザートの素晴らしさ」を意識して2014年に立ち上げた2番目のアイスクリームブランド。洗練された店舗が特徴的。パティシエールのAudrey Wang監修による自家製でアーティスティックなアイスクリームとワッフルが有名。店内は常に地元の人々や海外からの観光客で賑わっている。
Q. グループ会社では、何名のスタッフが働いていますか。
現在、30名ほどの正社員と80名ほどのアルバイトスタッフがいます。
Q. スタッフへはアイスクリームをメインとした知識の教育のため、どのようなことをどのように研修しますか。
新しいコーヒーを発売する時のカッピングセッションや、新しいフレーバーを発売する前のテイスティングセッションなど、私たちとスタッフの間で、常に勉強会とトレーニング(研修)を実施しています。また、新しいドリンクやフレーバーの研究を行うチームもあります。
Q. 困難なことに遭遇したことはありますか。
過去のビジネス運営で遭遇した困難はおそらく無数にあります。例えば、ピーク時の重大な機器の故障や人材不足などがあります。
また、このコロナ禍において、以前から考えていたテイクアウトの商品を急ピッチでリリースしました。自宅でくつろぎながら楽しめるアイスクリームです。店頭で人気のフレーバーや手作りマシュマロが入っています。今の厳しい時期に、皆さんに少しでも笑顔になってもらえたらという思いで生まれた商品です。
古典小説をヒントに生まれたアイスクリームは、イエローブリックロード(シーソルト・グラメラカ味)、シークレットガーデン(アールグレイ・ラベンダー味)、トレジャーアイランド(ダークチョコレート・フェレロ味)の3種類。
Q. ビジネスにおいて大切なこと
当初から、私たちは幸せを創造するビジネスをしていると常に信じてきました。 製品の品質は常に最重要事項であり、ブランドと私たちの信念は、チームに引き継がれ、お客様と共有されなければなりません。
Q. 週末はどのようにして過ごしますか。
平日はいつも多忙にしているので、週末はイーストコーストパークで家族とサイクリングをしたり、息子とサッカーをしています。私にとって、最も大切なのは愛する家族と過ごす時間です。
日本は旅行先の中でもお気に入りの場所(北海道・小樽にて)
また、週末にジャズを聴きながら、ガーデニングやグラフィックデザインを創作することを楽しみます。そんなに上手ではありませんが、ギター演奏することも好きです。
Q. お気に入りのアーティストは誰ですか。
デザインと建築が大好きなので、建築家のFrank Gehryと安藤忠雄、グラフィックデザイナーのAlan Fletcherがお気に入りのアーテストです。
Q. ご自身の性格を3つの言葉で表すと何ですか。
穏やかで楽観的な観察者(Observant)
Q. あなたとブランドにとって、紙はどのような存在ですか。
紙はその製品やブランドが表現される大切なツールです。とても細かいこだわりですが、印刷物の紙によってブランドは常に大きな違いを生むのです。適切な紙を使用する選択はそれほど重要ではないように見えますが、当然のことながら安い紙を使用すると、良いデザインには見えません。
CreamierまたはSunday Folksにおける印刷物の紙の選択は、各ブランドのコンセプトに合うものを使っています。Sunday Folksでは、より洗練された質感と印刷品質が良く表現できるテクスチャのある紙を使用して、製品の手作り感を表現しました。Cremierはカジュアルなブランドなので、ナチュラルさを大切に、ほとんどのパッケージで茶色のクラフト紙を使用します。