「表紙は、何度も触っているとロウ引き独特の風合いが出てきます。長く手元に残していただき、たまに見直していただけるような、そんなカタログ冊子を目指して作成しました。」
紙・ロウ引き加工:羽車
冊子作成:三弘印刷有限会社(津市)
幼少期から温めていたお菓子屋さんになる夢を抱き、2002年の夏に1年間のオープンチケットでイギリスへと旅立った紀平さん。4週間語学学校に通ったのち、ロンドンにあるル・コルドン・ブルーで念願のお菓子作りを学んだ。
就学期間中、無給研修先として紹介してもらったのは、格式高い5つ星のクラリッジズ(Claridge’s)ホテル。実はそんな有名なホテルだとも知らず、働き始めてから知ったというのも紀平さんの人柄がうかがえる。
「ホテルでは製菓全般、アフタヌーンティーやパーティーのデザート、ホテルのバーで提供するおつまみ系のスナック類なども作っていました。製パンにも興味があったので、2~3ヶ月ほど製パン部門にお世話になり、クロワッサンやテーブルパン、アフタヌーンティーで出すスコーンも作りましたね。
私自身、この研修中に考え方が大きく変わりました。例え研修生でも、挑戦してみたいことを上司に直接伝え、上司もいいアイデアだと思えばチームの1人としてきちんと受け止め、とりあえずさせてみる。そんな職場の人間関係に大きな衝撃を受けました。」
イギリスから帰国して2年が経つ頃、マルタ共和国で日本食レストランの職の情報が入ってきた。偶然にもクラリッジズホテルで働いていた時の同僚にマルタ人がいた紀平さん、相談してみたら条件的にもよさそうで、その約2週間後にはマルタへ旅立っていたというから驚きだ。その後、6年間マルタ島で様々な経験を積んだ後、再び帰国することに。
「オープンに至るまでは、一言では語れない出来事やご縁がありました。今のお店は建築の技術を持つ親戚のおじさんが、建築士に相談しながら2年程かけて建ててくれたんです。店内にあるスピーカー、ピザ窯もおじさんの作品。特に店内で気に入っている場所は、意外にも当初予定になかったテラスの張り出し部分です。
今回のコロナ禍でも屋根付きのテラス席があったので、換気や密を気にせずゆっくりと過ごしていただけました。」
「店内にある雪見障子は、骨董屋の知人が見つけてきたもの。障子に合わせて窓をつくったんです。テーブルや椅子、食器などは以前ピザ屋をしていた親戚から、ランプシェードは知人のフランス人のおばあちゃんからいただいて。いろんな人の自由なつぎはぎで生まれたのが『えんがわ』なんです。」
『えんがわ』の由来には、紀平さんの想いが詰まっている。
「実家にはえんがわがあって、近所のおばちゃんたちがおやつを持ってお喋りしにきて、おばあちゃんが家の中からお茶を出す、そんな光景を見て育ちました。家の外なのか中なのかわからない環境で、皆がゆっくりくつろいでいる感じが、いいなって。こういう風に人が集まるところにしたいと思って『えんがわ』と名付けました。」
「『えんがわ』はカフェというよりも喫茶店かな。マルタに住んでいた時に私が毎日入り浸っていたのが、現地の人がいつも通うようなお店で。実は私、昔の田舎のコミュニティみたいな感じが嫌で出ていったのに、海外に行ってみたら、やっぱりそれが居心地よくて『必要だな』と気づいたんです。」
『えんがわ』では、三重県産の小麦、桑名市のこめ油を使ったピザ、パンを提供している。
(写真2点 えんがわ 提供)
「地元の商品は鮮度も良いし、輸送費などが省ける分、きちんと生産者の方々にお金が入ります。例えばチョコレートやオリーブオイル、スパイスなどは難しいですが、できるだけ地場の素材を使って。サンドイッチの生ハムも地元の豚ですし、旬のものだと美味しくて安い。お客さまも喜んでくれます。」
モーニングメニューはお手製のパンを使ったサンドイッチとチーズオムレツが人気
『えんがわ』で提供する紅茶は、1896年から4代続く北アイルランドのトンプソンズ社製だ。紀平さんが直接会社に連絡を取って仕入れるという熱の入れよう。飲食業界の「オスカー」と呼ばれる「Great Taste Awards(グレートテイストアワード)」で3つ星を獲得したこともある、世界的にも有名な紅茶なのだ。
紀平さん自身も大好きな紅茶。コーヒーが苦手なお客さまにも喜ばれていて、紅茶だけ飲みに来る方もいらっしゃるという。
近年では新型コロナウイルスや環境問題にも配慮しているそうだ。
「コロナ禍で持ち帰り用の箱も用意しましたが、できれば捨てるものにお客さまの大切なお金を使ってほしくないな…という思いはあります。食品容器や水筒などを持ってきてもらったりもしますね。水筒やマグカップを持ってきてもらったら最大2杯分提供しています。できるだけお客さまからいただいたお金は、胃袋に返したくって。」
(えんがわ 提供)
「出来る限り食材を使い切るようにしています。石窯ピザと同じ生地でパンを焼き、メニューでは、スペインの夏のスープ『サルモレホ』でとろみをつけるのにパンを使っています。」
アレルギー体質や宗教上の食材制限など、様々な要望にも可能な限り対応している
これまでの経営は、すべてが順風満帆というわけではなかった。それは開業当初からあったという。
「開業時、ちょうどワンコインランチが主流でした。なので、『もちろんワンコインでしょ?』という声。また、『ピザの配達もするよね』という声もありました。けれど、私の思うものとは違う…。自分の考えでメニューの構成や金額を設定する、気持ちの切り替えに悩みました。」
最終的には、「自分が生み出すお店は、自分のポリシーで」と周りに流されることなく方針を決めた。
『えんがわ』ではライブや定期的な映画上映会など、ユニークなイベントスケジュールが続々と予定されている。
「要望があって開催することもまれにありますが、基本的には私が観たくて聴きたくて(笑)。土地柄、映画館が遠くて、面白そうな映画といえば名古屋か伊勢に行かないと観られないんです。お店の営業日には時間的に行けないし、お店で上映すればいいな…と、イベントにしちゃったんです(笑)。
新しいイベントの企画は、まずは一年くらい、興味があることをとりあえずやってみよう!と。それから始めています。」
ライブには錚々たる方々が出演。三重県初開催…というアーティストもいるという。
コーヒーのワークショップなど様々なイベントが行われる
店内の棚にはミシマ社の本やビッグイシューの雑誌が並ぶ。(写真2点 えんがわ 提供)
自分が読みたい本を自ら仕入れて置いているのも、紀平さんの想いから。
ミシマ社の本やビッグイッシューの雑誌を取り扱うのは、三重県で一番乗りだという。ミシマ社は「原点回帰の出版社」という理念のもと、1冊残らず廃版にしないという驚きの出版社。一方、ビッグイッシューは質の高い記事が有名で、ホームレスの人の独占販売事業とすることで、ホームレス問題の解決を目指す話題の雑誌だ。
「『コーヒーと一冊』という、コーヒーを1杯飲み終わるぐらいで読み切れる本があります。出版されたときに私がたまたま見て、自分が欲しい本を仕入れたらいいやん…ということで並べたんです。お店で読んでもいいし、購入されたらおかわりのコーヒーをサービスで勝手につけて(笑)。
店内に小さな書店コーナーを設け、ミシマ社さんをはじめ独立系、大手の出版社の書籍からコロナ禍以降に開始されたビッグイシュー(通常ホームレス当事者の方による対面販売のみ購入できる雑誌)の委託販売制度最新号・バックナンバーともに取り扱っています。」
「元々お菓子をつくりたかったので、お菓子の比重を大きくしたいなと。ただ、イベント関係では料理もしますし、ふらっと来てもらって『お腹すいた』って言ってもらったらご飯も出します(笑)。」
「つくりたいのは、クッキー、タルト、パイ、パウンドケーキなどの焼き菓子です。3時のおやつに出てくるような素朴で懐かしいお菓子が理想です。そういうおやつを作る作業は、とても幸せな気持ちになるんです。お客さまにも、私がそのような気分で作ったものを提供して、楽しい気分・成分を食べて帰ってもらいたいなと、常日頃思っています。」
私の場合は、一度社会人を体験したことによって、得意なことや苦手なこと、試してみたいことが明確になった気がします。
とりあえず、自分の居心地のいい環境をしっかり見つめて、やってみたら良いのではないでしょうか。諦めても、始めたばかりで辞めても、何度も再挑戦しても自分の人生なんですから。
『えんがわ』は三重県津市、経が峰(きょうがみね)の中腹に位置する隠れ家風の小さなお店。2014年3月にオープンして以来、地元の食材をメインにしたお菓子と料理が人気。不定期にイベントやワークショップも開催している。
山のうえの小さなお店 えんがわ
三重県津市安濃町草生3468-1
8:30-16:00 定休日・金
「羽車さんからサンプルを取り寄せた中に、ロウ引きが施された冊子があって。『かっこいい!』と一目ぼれしたことから、ぜひロウ引きをかけたいなと思ったんです。
表紙のイラストは、イラストレーターの友人にお願いし、店内にあるピザ窯など『えんがわ』らしさが伝わるモチーフを素朴な線だけで描いてもらいました。なお、こちらの冊子は焼菓子ギフトに同梱しています。」
「表紙は、何度も触っているとロウ引き独特の風合いが出てきます。長く手元に残していただき、たまに見直していただけるような、そんなカタログ冊子を目指して作成しました。」
紙・ロウ引き加工:羽車
冊子作成:三弘印刷有限会社(津市)
サイズ | 105×148mm |
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紙 | 未晒(みざらし)クラフト 100g |
印刷 | オフセット印刷 ロウ引き加工 |