石原さんは幼少の頃からの映画好き。小学5年生にして、原稿用紙38枚もの脚本を書いたこともあった。中学生になると、近くの介護施設を題材に、ドキュメンタリー映画を製作する。これが処女作だ。ドキュメンタリーを選んだのはシンプルに「映画の原点だから」(世界最古の映画は、1895年に実際の風景を映したショートフィルムとされる。その後、劇映画が登場したのは1902年)。中学時代の石原さんは、ハリウッド映画よりも、国鉄PR映画の『ある機関助士』(土本典昭監督、1963年)などに感銘を受ける少年だった。石原さんには、心の中によく思い浮かべる言葉がある。“温故知新”。「古いものの中には現代に通じる新しさが、常に存在するはずだと思うんです」。
小学生の時に夢中になった脚本作り
大人になって体系的に映画を学びたくなった石原さんは、23歳で多摩美術大学に社会人入学する。在学中は、アーティスト志向の風変わりな仲間たちとの日々を楽しみながらも、早くから“学校の外”を意識した。
「学外で自分や同級生の作品を見てもらう上映会をやりました。場所を探して段取りをつけて。外へ出ると、自由と同時に厳しさを感じました。人を惹きつける“フック”を用意しないと、まず見てもらえないんですよね。」(石原)
ポルトレの拠点はコワーキングスペース「100BANCH」。さまざまなイベントや交流があり、起業者の成長につながる仕掛けが用意されている。「新しい出会いが多く、よい刺激を受けています」と石原さん。
大学3年生のとき、石原さんの劇場デビュー作が誕生する。『東京公園』『共喰い』で知られる青山真治監督の指導の下で製作した劇映画『PORTRAIT ポルトレ』だ。キャストは、当時こそ無名だったものの、いまや映画にドラマに大活躍の吉村界人さん、松本まりかさん。メガホンを取ったのは、のちに『74歳のペリカンはパンを売る。』でタッグを組む内田俊太郎さん。石原さんはプロデューサーだ。
学内の映画祭向けに製作したこの映画の劇場公開を目指し、石原さんは初めて配給に取り組んだ。配給とは、映画館と交渉して作品を上映してもらう約束を取り付け、公開日を設定すること。具体的には、劇場に電話をかけたり出向いたりして、上映を検討してもらうためにDVDや資料を届ける、いわゆる“営業”に近い活動になる。最初に封切りをする「メイン館」を東京都内の劇場で決めるのが一般的で、メイン館が決まり、地方の映画館での公開もメイン館での成績によって上映できるかどうかが決まっていく。
「『PORTRAIT ポルトレ』はアップリンク渋谷で1週間、上映してもらうことができました。1週間連続で上映されれば“劇場公開”と認められるので、その実績を足がかりに、今度は全国の映画館に働きかけました。片っぱしから電話をかけて、大阪、兵庫の2館で上映が決定。上映期間中は現地にウィークリーマンションを借りて、僕と内田さんでチラシを配りました。日中はチラシを配り続けて、夜になると僕はコーラ、内田さんはアルコールで英気を養っていましたね(笑)。」(石原)
こうして初めて“映画の初めから終わりまで”を手がけた石原さんは、映画会社に就職するのではなく、映画会社を作る方向に舵を切る。「自分で世の中に映画を仕掛けようと思ったら、その方が早い」と感じたからだ。
石原さんは、動画製作の仕事で資金を貯め、大学在学中に株式会社ポルトレを自己資金で設立した。社名は、自身を成長させてくれたデビュー作にちなんで付けた。起業の際、渋谷区の特定創業支援事業に採択された。その縁で知り合った、渋谷ビジネスコンサルティングの支援アドバイザーだった門嶋さんが、今はポルトレの執行役員。さまざまなアドバイスをもらっているという。
ポルトレが手がけた最初の映画は『74歳のペリカンはパンを売る。』で、やはりドキュメンタリーだ。
「日本でドキュメンタリー映画というと、大きな社会的テーマの下、取材対象に10年密着して届けるような重厚な作品が評判を取りがち。何を隠そう、僕もそんな映画が大好きです。ただ、アメリカ発の『A FILM ABOUT COFFEE』や『二郎は鮨の夢を見る』のように、もう少し親しみやすいものもあるといいなと思うんです。映画は僕らにエネルギーをくれるし、人と人とをつなげてくれたりもする。だからこそ、もっと身近で気軽に楽しめる存在にしたいんですよね。」
選んだ題材は、創業74年の浅草のパン屋「ペリカン」。その若き4代目主人に密着した。
「2種類のパンだけを作り続けるという職人性に魅力を感じました。歴史あるパン屋に、映画という洋服を着せたらすごくフィットするだろうとも思いました。映画は、人が見たいと思うものでなければいけない。と同時に、新しい視点を持つべきだと思うんです。恋や友情ではなく、パンという手で持って食べられる“モノ”、それを作る人に焦点を絞っていくと、観客と映画の関わり方に新しいものが生まれると思いました。食べながら映画のことを思い出すかもしれないし、食べたから映画でパンのことを知りたくなるかもしれない。」(石原)
映画が完成したら、今度は配給。予算の問題もあって配給会社に委託せず、自ら動いた。老舗のパン屋の物語を、日本の映画文化を支えてきた老舗のミニシアターで公開する、というマッチングが良いと感じ選んだのは、渋谷の映画館ユーロスペース。さらに、浅草在住の映画宣伝マンと出会う幸運に恵まれ、その尽力もあって上映規模は拡大する。映画はこれまでに全国20館以上で上映。台湾・韓国・中国などのアジア諸国でも公開された。
製作資金はクラウドファンディングで募った。
ファウンダーへのリターンとして制作した映画の関連グッズやプレスシート(報道関係者向けリーフレット・非売品)も人気を呼んだ。
「僕は人が好きで映画を作っているので、関わった人が幸せになることがすごく大事なんです。ペリカン4代目の渡辺陸さんが喜んでくれて、自身の結婚式で上映する動画も僕らに任せてくれたのはうれしかったですね。陸さんのおばあちゃん、とても優しいんですよ。」(石原)
ただし、取材対象者の気持ちを優先するあまり、映画としての面白さを追求しきれない側面もある。
「本当は、取材対象の方が他人には見せたくないと思っている部分も撮らなきゃいけない。でも、僕にはそれができない。それができないと、映画としての評価が高まることはないのかなと思うんですが……、難しいですね。ずっと考えています。」(石原)
現在、ポルトレは新作映画の公開に向けて動き出している。雑誌「暮しの手帖」前編集長の松浦弥太郎さんを監督に迎えた『場所はいつも旅先だった』。世界の早朝と深夜の暮らしを追うドキュメンタリーで、石原さんはプロデューサーだ。
「松浦さんはたくさんの肩書をお持ちですが、一番の肩書は『旅人』ではないかと思うんです。同名の原作エッセイには、高校を中退してサンフランシスコを旅した話などが書かれています。映画も、旅人である松浦さんの視点が生きた作品になりました。」(石原)
左から三番目が松浦監督。弾丸ロケはサンフランシスコ、シギリア(スリランカ)、マルセイユ、台北、台南、メルボルンの5カ国6都市を巡った。
この製作では、世界5カ国6都市を約1カ月で歴訪する弾丸ロケを敢行。台湾以外の4カ国は、日本に帰国せず続けて回った。しかも撮影開始は早朝5時と深夜2時。
「生活リズムはめちゃくちゃ(笑)。でも、監督が松浦さん、録音は『ニンゲン合格』や『捨てがたき人々』の丹雄二さん、撮影は写真家の七咲友梨さん。そして、若き編集者の山若マサヤさんが監督補佐として参加して、映画業界と出版業界の人間がハーフ&ハーフにバランスよく混ざり合っている点が特徴的です。この映画のために集まった多彩な人材をぎゅっと一つにするという自分の役割が、とても光栄だったし、やりがいがありました。」(石原)
石原さんに、なぜ映画を作るのか、改めて聞いた。「僕は、映画作りにしろ、他のことにしろ、誰かに影響を与えたいと思ってやることはありません。自分がやりたいからやるだけです。僕がしていることを見て誰がどう思ってもいいし、何を持ち帰ってくれてもいい。でも、作るもの全てに同じメッセージを込めてはいるつもりです」。
それは「いい顔をつくろう」というシンプルな呼びかけだ。「顔は、ひとりの人間の、まさに象徴です。自らの人生を精一杯に生きることで、つくりあげていくもの。僕は自分の行いを積み重ねていくことで、世の中にいい顔をつくることに寄与していきたい。僕が思う“いい顔”は、笑顔という表情を持っている顔です。喜びも悲しみもさまざまに降りかかってくる日々の中で、嘘のない笑顔を持っている人はしたたかで、実に人間的ではないかと感じます。例えば、弊社の門嶋は笑った顔がとてもチャーミングなんですよ。くしゃくしゃな表情をします。その笑顔には、これまでの人生のいろんな経験や感情が含まれていて、自分を赦し、他者を赦せる心の豊かさをそこに感じます。」
一方で、ポルトレは映像製作の豊富な知見を生かして、企業のPR動画やWebメディアの動画コンテンツを製作する事業も展開している。こちらは、渋谷さんが監督を務めることも多い。
「誰かに確実に届くものを作れるのって楽しいです。作った動画の感想をSNSで見かけると、作ってよかったと思います。ラジオDJの方に取材したときは『この動画、後世に残したい』とまで言ってもらって。指摘や批判でもうれしいんですよ。それを言ってくれるまで(しっかりと)見てくれたっていうことだから。」(渋谷)
ペリカン映画をみてポルトレに興味をもちインターンを経て正社員になった渋谷さん。作品のメインビジュアルや販促物等、デザイン全般も担当する。
さらに、「オフィスDEえいが」という映画を使った企業研修・福利厚生事業を始めた。企業の依頼で映画の上映会を開き、上映後には映画体験を深めるような有識者のトークセッションなどを行う。
「オフィスDEえいがの上映作品は、例えば“チームビルディングに効く映画”など、研修テーマを踏まえてこちらで選定します。多くは、やはりドキュメンタリーですね。見た後に語り合いやすいこともありますし、“映画の原点”を体験してもらいたいという僕らの思いもあります。」(石原)
「100BANCH」で行われたイベント「ニューシネマサミット~オープンイノベーションでつくる新しい映画体験~」(2019年2月15日)。WEBメディア「Brillia SHORTSHORTS THEATER ONLINE」の1周年記念イベントで、近年各地に広がる体験型上映について議論が交わされた。石原さんはホスト役の一人として参加。
これからについて
「ポルトレの映画は、やっと少し人目に触れるぐらいになってきました。今は、ただ次にまた映画を送り出すこと。それが目標ですね。作ったものをちゃんとアウトプットしてリリースする。その実績がまた“次”を呼び込む。その繰り返しで、少しずつ規模を大きくしていきたいです。映画って時間がかかるし、事業として見れば非効率かもしれません。でも、自分が選んだ道ですから、粛々とやっていくしかない。当たり前のことを当たり前にやり続けて、チャンスが巡ってくるのを待ちます。」
株式会社ポルトレ
「耕そう。これからのスクリーンを。」をビジョンに、映画製作・鑑賞をもっと⾝近にし、今までになかった映画・映像の新しい価値創出と普及を⽬指す。映画製作(配給・宣伝)販売促進・プロモーション動画制作、Webメディアの動画コンテンツ制作などを手掛ける。
映画製作 | 配給・宣伝実績
『74歳のペリカンはパンを売る。』(2017年 劇場公開作品)
『シンプル・ギフト〜はじまりの歌声〜』(2018年 劇場公開作品)
その他、動画制作作品、動画コンテンツなど多数。
「名刺や社用封筒は、私が担当しています。以前、羽車さんから個人的にサンプルを取り寄せたことがあったので、名刺を作り変えるタイミングで表参道のストアを訪ねました。私が入る前の名刺は、モノクロ映画を思わせる白い紙に文字色は黒のデザイン。それ(黒の一色刷り)は引き継ぐつもりでした」。
紙色にはひと癖つけるためにHAGURUMA Basic ライナーグレイを選びました。紙質が柔らかいので、活版印刷の凹凸感が出るのがいいなと思います。シンプルなので、角が丸いのもかわいいかなって名刺は角丸にしました。覚えていただきやすいように似顔絵を、私が描きました。あとは名前が目立つように、他の情報は文字の級数をかなり落としています。おかげさまで、名刺をお渡しすると、何かしら言っていただくことが多いですね。」(渋谷)
サイズ | 240×332mm(角2封筒 ) |
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紙 | HAGURUMA Basic ライナーグレイ 100g |
印刷 | 活版印刷 |
色 | ブラック |
価格 | 300枚 10,640円 / 500枚 12,900円(+税) データ完全入稿0円 |
納期 | 校了後4営業日 |