書籍の表紙や文芸誌の挿絵など、文学や言葉にまつわるイラストレーションを描く、夜久さん。デザインも絵も全て独学だというが、どのように道を切り開いたのだろうか。最大の出逢いは東京装画賞のコンペ受賞がもたらしたという。
きっかけを与えてくれた人が二人いる。
「ひとりは、30歳の時に初めて受賞したコンペで、審査員としてわたしの作品を選んでいただいた、アートディレクターで装丁家の坂川栄治さん。コンペではテーマ候補から作品を選び装画を描くのですが、わたしは「オズの魔法使い」を選び、ドロシーを彷彿とさせる女の子の後ろ姿を描きました。授賞式でご挨拶した坂川さんに、君のイラストは文芸作品向きかもね、と、アドバイスをいただいたんです。そこからは文芸作品の多い出版社を中心に営業に行きました。賞をいただく前にも、出版社やデザイナーさんへ電話営業をしていましたが、会ってくれるのはほんの数人という具合で、なかなか厳しかったんです。コンペを受賞したことで、ずいぶんと営業しやすくなったと思います。また、これからも描き続けていいんだ、という覚悟ができました。」
東京装画賞のコンペ受賞作品「オズの魔法使い」
「もうひとりの出逢いは、授賞式の二次会で話す機会をいただいた、HBギャラリーのオーナー、唐仁原 多里(とうじんばら たり)さん。イラストレーションを専門に扱うHBギャラリーは、わたしにとって憧れの場所。お話ができて、とても嬉しかったですね。後日あらためて作品を持って伺い、初展示へと繋がりました。作品について悩んだときに、迷いを相談させてもらったことも。そんなご縁から、現在は週に数日HBギャラリーのスタッフとして立っています。イラストに囲まれた生活を送っていますね。」
『まち』/『みつけた』 個展「遠い町」より 2020.2 HBギャラリー
物心ついた時から、絵は描いていた。
「保育園でも外遊びではなく、室内で絵を描いたり工作したり。チラシの裏に描いた女の子のイラストを親戚のおじさんに褒められたことが思い出に残っています。20歳の頃、一度就職をするのですが、イラストレーターになりたいという想いが芽生え、一年で退職。上京しイラストレーターを目指したいと家族に伝えました。実家だったので母は寂しそうな様子でしたが、最終的には父の『諦めたら戻ってくるだろう』という一言で上京が叶いました。地元のイラストレーターさんに相談して、フォトショップやイラストレーター(グラフィック系のソフト)が使えた方がいいと言われたのですが、買うお金もないし、学校にもいけないし。困って方法を考えました。」
行き着いたのは、初心者から雇ってもらえる印刷会社。
「それまでPCはほとんど初心者のような状況でした。大変ではありましたが、5年ほど働きました。結果、印刷データを作るDTP業務を一通りこなせるようになったのですが、あまりにも忙しい職場で、絵を描く時間がほとんど持てず…。心の中には、いつかイラストレーターになるぞ、という想いだけが消えずにありました。このままではダメだと思い、奮起し会社をやめアルバイト生活に。絵を描くための生活に切り替えました。そこからコンペ受賞までは、ピアノ線の上を綱渡りしているような気分になることもありましたね。」
「絵の具、クレヨンといろいろ試してみて、行き着いたのはボールペンでした。ボールペンを選んだ理由は、いつでもどこでも扱いやすい画材で、面倒くさがりやの私にぴったりだから(笑)ということもありますが、自分のイラストの世界観にいちばんマッチするように感じたからです。とくに愛用しているのは、ゼブラ株式会社のSARASAシリーズで、好きな色はグレー、オレンジ、黄色。パイロットの白ボールペンも出番の多い一本かな。廃番になりそうな色は、不安になって大人買いしてしまうことも。出先で描けるのもいいんですよね。」
愛用のボールペン。出先で描く時は、クリップボードに紙を挟んで。薄く色のついた紙に描くことが多い。
依頼があると、製本前の校正紙(ゲラ)で、題材の本を読む。
「その中で登場人物の姿形の特徴や、気になるフレーズなどをメモします。メガネだとか、ショートヘアだとか。そして、編集者さんとやりとりしながら、方向性を決めていきます。ラフを提出する前に、ラフのラフとして「こういうことでしょうか?」とイメージ確認のために数パターン案を送ることも。最終的なイメージを担当者と詰めて、本制作。おおよそ1~2週間で仕上げることが多いです。
2019年に手がけた『展望塔のラプンツェル』の場合は、髪の毛がストーリーのキーだったので、表紙に入れこみたいという要望がありました。髪の毛の色を何色か試みたのですが、黒だとホラーじみてしまうと感じ、最終的にはオレンジに決定しました。基本的には編集者さん、デザイナーさんとのやりとりで完結することが多いのですが、作家さんご自身が装幀イメージをはっきり持っているときは、イラストを選んでいただくこともありますね。」
『展望塔のラプンツェル』著者/宇佐美まこと 装丁/鈴木久美 光文社
会社員から、イラストレーターへ。途中、緩やかになりながらも歩みを止めることなく、進んできた。
「性格的に営業そのものは苦手なのですが、イラストレーターになりたいという一心で、自分でも驚くほどガツガツ頑張っていた時期もあります。まだ印刷会社でDTPをしているころ、新宿3丁目のバーの外に貼ってあった「店内で作品を展示できます」という案内を見て、飛び込みで話をして作品を置かせてもらったことも。そこで見てくださった方が、自身の出版作品に使いたいと言ってくれました。思えば、それがお金をいただいたお仕事第一号でしたね。」
実践する術を学んだことで、少しずつ夢が形になっていった。
「しかし、ほぼ独学でしたので、絵をお仕事に繋げる為に、どこかで一度学びたいという気持ちが前からありました。そんな中、コンペ入賞を機に「坂川栄治装画塾」の存在を知り、2016年度一期生に申込みました。塾では、売込み用の作品ファイルの作り方や、仕事の流れなど実践的な事を学んだ他、坂川さんが全員に課題図書を選び、生徒が描いたイラストでカバーデザインをしてくださる卒業制作課題がありました。とても印象深く、実際それ(表紙カバーを巻いた状態の書籍見本)を手にした時は、とても嬉しかったです。実践的な事を教えていただいた事もあり、これまで漠然と夢見ていたものを実際の目標として活動してゆく大切なきっかけをいただけたと思います。」
ラフ書き用にいつも持ち歩いている無印良品の4コマノート。
現在は、営業をきっかけにつながった出版社からの案件や、ホームページを見たという依頼者の仕事もこなす。2019年には3冊の書籍の装画、その他、文芸誌の挿画も手がけた。
「不安な要素もたくさんあります。女の子など得意なモチーフがある反面、男性を描くのが苦手だったり。克服するために、デッサン人形を見ながら描く自主練が欠かせません。新たな発想を求めて、足を運ぶのはやはり書店ですね。特に気に入っているのが、四ツ谷駅からほど近い、あおい書店。ここは平積みしている本が多く、装幀が一目瞭然。とても勉強になります。」
左:HBギャラリーでの初個展では、作品集のZINE「お外で会いましょう」を制作。
右:書籍の装画の他、文芸誌の挿絵も多く手掛ける。『オール讀物』文藝春秋
近い業種で働くパートナーと暮らす。「同じ職場で隣の席だったのが、今の夫です。これという決まりごとはありませんが、困ったり迷っている時には、お互い相談しますね。暗黙の了解で、お互いの仕事へは一定の距離を保ちながら、たまに意見を求める事もあるという感じです。今はちょっと控えていますが、夫は映画館や本屋、展覧会と興味があるところにマメに足を運ぶタイプなので、自分もそれについていくことは多いです。ひとり時間では、気分転換とリラックスのために、散歩に行きます。とにかくいろんなものを見ながら、ずっとずっと歩き続けるのが、私流の散歩。見つけたカフェで休んで、また歩いて帰ってくる、という時間がとても好きです。」
これからについて
「今後の目標は、なにより10年後も絵を描いていたいと思います。そのためにも健康でいないとですね。あと、鈍臭いところが多々あって(ボーッとして物にぶつかるとか…)、これから先、少しはマシになっていたら良いなと思います(笑) 実家が、みかんなどを育てている農家なのですが、いつか農業雑誌など、親が手に取れるもので仕事ができたらいいですね。
また、イラストと直接関係はありませんが、農家の子なので、スーパーに並ぶもの一つひとつ、手間暇かけられて並んでいることは常日頃意識していて、フードロスには心が痛みます。食べられるだけのものを買うように気を使っていますし、何か自分にもできることはないかな、と考えています。こんな仕事がしたいな、という妄想はたくさんあって、いつか作家・小川洋子さんの装画を手がけたい。広告とかアパレルなどのお仕事も。まだまだ未熟なので大変で難しい時もありますが、それでもそのぶん楽しめるといいなと思っています。」
夜久 かおり
Instagram@yakukaori
熊本県宇城市生まれ。東京都新宿区在住。
東京装画賞2015 坂川栄治賞受賞。坂川栄治装画塾 2016年第一期修了。
フリーイラストレーターとして東京を拠点に活動している。
フリーランスで仕事をしていると、ゲラや請求書など、郵送でやりとりすることも多いんです。たまにメッセージを添えてくださる方がいらっしゃるのですが、それが嬉しくて。お会いした方、出版関連の方などにメッセージを添えるためのカードが欲しいと思っていました。印象に残っていただけたら嬉しいですし、作品とともに気軽に言葉を添えるには、カードがちょうどよかったんです。
本作成前に色校正で確認。紙は2種類まで選べるため、仕上がりイメージを比較できる。
質感のよい白系の紙から、コットンスノーホワイト、ナチュラル、HAGURUMA Basicプレインホワイトを提案いただきテスト印刷をしました。どの紙も、雰囲気が微妙に異なりそれぞれに良さがありました。真っ白の方が、色の鮮やかさや透明感はあり、紙によって見え方や雰囲気が変わると比較できました。やわらかな白、すこしさっくりとした質感が気に入り、プレインホワイトを選びました。
作品は角が丸い枠のようなデザインにしました。やさしいような、きゅっと世界が凝縮したような。完成したものを郵送で受け取った時、ボールペンの線が表現できているのを見て、とても嬉しかったです。紙は手触りで決めましたね。早速、編集者の方にお送りするものがあって、メッセージを書きました。ボールペンのインクののり方もよかったです。
次に何か作るとしたら封筒が気になっていますね。
サイズ | 105×150㎜(Pカード) |
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紙 | HAGURUMA Basic プレインホワイト 200g |
印刷 | デジタル印刷(フルカラー/ブラック) |
価格 | 200枚(100×2種)12,100円/400枚(200×2種)20,200円(+税) データ入稿 |
納期 | 校了後3営業日 |