柴田さんは、ネット通販でビジネスを展開し、インスタグラムで広告宣伝を兼ねた投稿を続けながら、自身のくわしい職歴などは公開していない。「年齢や経歴ではなく、お菓子の味で判断してほしい」というのが理由だ。取材では経歴をうかがったが、秘しておくのが惜しいような、菓子職人としての由緒がある。
「どこそこのお店に5年いたといっても、最初の2年は販売を担当していたという人と、5年まるまるお菓子を作っていた人とでは、意味が違いますよね。経歴が一人歩きするぐらいなら、公開しないでおこうと思ったんです」
そのかわり、お菓子を愛してきた歴史は、楽しそうに教えてくれた。
「お菓子は、物心ついた頃から作り続けています。中学のとき、スキー教室に持っていこうと思って前日からロールパンを焼きました。出発に焼き上がりがあと10分間に合わなくて悔しかった(笑)。高校時代、お菓子を撮るために、一眼レフ(のデジタルカメラ)を買いました。専門学校時代はアイスクリームマシンがどうしても欲しくなって、ネットオークションで落札しました。中古品で20万円弱だったかな。社会人になって初めてのボーナスで買ったのは生ハムの原木です」
食べることが大好きな柴田さんが、菓子職人を志すのは自然なことだった。
「幼稚園のときの将来の夢が『おかしやさんになる』で、小学校、中学校、高校と、それがずっと変わらなくて。それしか好きなことがなくて、食べ物以外には興味を持てなくて(笑)。だから、お菓子作りを仕事にしました」
同じ「食」にまつわる仕事でも、レストランの料理人よりも菓子職人の道を選んだのは、焼き菓子には「ものづくり」の要素があるからだ。
「高校時代の選択科目(芸術系教科)も美術だったし、昔から絵を描いたりデザインしたりするのが好きだったんです。料理は、素材の形や色を生かして作るものですが、お菓子はバターや小麦粉など、もとは形のないところから新しく形を作っていく。それもまた面白いんですよね」
そうして飛び込んだパティシエの世界。1年以内の離職率が70%、10年以内では99%という厳しい業界だ。柴田さんも、いわゆる修行時代は4時に起きて仕込みを始め、夜は閉店後も23時頃まで片づけや翌日の準備をする毎日だったという。それでも何年も続けてこられたのはお菓子が好きだったから。そして、独立を考え始めたのも、やはりお菓子好きが高じてのことだった。
「お店(勤務先)でお菓子を作っていると、このお菓子、わたしはもうちょっと焼いたほうが好きだなとか、型をああいうのに変えたらかわいいだろうなとか、思うことがいろいろ出てくるんです。自分の好きなお菓子にしたくなる。それに、やっぱり(同僚と工程を分担するのではなく)全工程をやりたいんですよ。分担していると、お菓子作りがいかにも『仕事』『作業』になるのが残念で」
柴田さんは2020年3月に前職を辞め、工房の物件探しや融資の取り付けに動きだした。10月には工房が完成。導入する機械の種類、大きさ、配置や動線、全てが柴田さんが焼き菓子を作るのに最適に設計された工房になったという。これが、自分一人でお店を開いた一番の理由だ。
「ワンオペ(一人営業)のいいところは、お菓子作りも包むのもSNSも全部自分でできることですね。自分の好きなように、納得いくようにできるし、自分の美意識で統一されたものをお客さんに届けられる。それが、大きなお店ではなく、わたしという個人から直接買うことの意味になると思うんです」
受注生産にして新鮮なお菓子を発送したいという理由で、販売経路はオンライン通販が中心。数種類のお菓子を詰め合わせるボックス商品の場合でも、全てのお菓子を発送前の3日以内に焼き上げると決めている。
「焼き菓子は生菓子に比べると日持ちしますが、本当は焼き立てが一番美味しくて、日が経つにつれて少しずつ味が落ちてきます。油が酸化するからです。うちでは焼いてすぐ送れるようにスケジュールを立てています。賞味期限も2週間程度に設定していますね。消費期限は1カ月ほどかなと思いますが、美味しく食べてもらいたくて」
毎日のお菓子作りは真剣そのもので、まるで妥協がない。経験、技術、センスを備えていても、お菓子作りは「難しい」と柴田さんは言う。
「たくさん工程があるなかで、混ぜる回数がたった1回多いだけで、焼き上がったときに大きくなってしまったりする。いつもと同じに仕上がらなかったら、それは失敗です。かといって毎日同じ回数にすればいいわけじゃない。気温などの条件でバターの空気の含み具合が変わって、焼き広がり方が違ってくるので、経験から来るカンでこちらも(混ぜる回数などを)変えます」
絞り出しは好きな作業 テンポよく並ぶ苺のメレンゲ
材料も、香り高い発酵バターやフランス・ゲランド産の塩など、こだわりたい部分にしっかりこだわる。ラム酒はスーパーなどではなかなか見かけないフランス産だ。「(よく流通している)ジャマイカのは『ラム!』っていう感じ。フランスのは『ラムぅ……♪』っていう感じ(笑)。色気というかニュアンスがまるっきり違うんです」という。
焼き色は濃いめがazumiのお菓子の特徴。どんなに細かいデザインの型でもキレイに抜いて焼き上げる一方、ガレットの表面に入れる模様などで手作りらしさも見せる。「かわいい」「派手」というより「かっこいい」「プロフェッショナル」「クラフト感」「深み」が見た目にも伝わる。
焼き色は濃い目 エッジのきれいさなど仕上がりは細部にまでこだわる
包装デザインにも花柄やキャラクターは使わない。店舗デザインもアンティーク風の家具を配置しながら機能性にこだわっていて、インダストリアルな雰囲気が漂う。SNSは加工の少ないシンプルな写真と、気取りのないテキストで構成している。
米アップルなど、ブランディングに成功している企業は、顧客体験の一貫性を重視している。製品そのものも、箱も店舗もCMも、ブレずに統一感のあるフィロソフィーを訴求する。同じことを、柴田さんも菓子屋azumiで実践している。
お客さんの反応は上々で、いまやどの商品も売り出すたびに早々に完売。不定期で実施している店頭販売には毎回長い行列ができる。オープンから間もない時期の初めての店頭販売でも地元客を中心に行列が。柴田さんに花束や手紙を贈る人もいた。買い物を終えて店を出た人が、途中でつまみ食いしたクッキーのあまりの美味しさに、追加購入のために戻ってきたという逸話も生まれた。
「自分で一から作って、袋とか箱とか自分で選んだもので包んで、それをお客さんがいいと思って買ってくれる。こんなにうれしいことはないですよね。好きなことで生きられているこの状況、すごく幸せだなって思います」
けれど、独自のこだわりを貫くがゆえの苦労もある。一番人気のレモンの風味が効いたケーキ「シトロン極」が入った「ニタマゴBOX」は、8種類の焼き菓子の詰め合わせ。店頭販売前やオンライン通販の発送が重なった時、全種類を発送前の3日間に完成させるのは大変なことだ。
「ニタマゴBOXの注文が大量に入ると、それはもうなかなかの……。うちは一つ一つ丁寧に個包装していてかなりの梱包量になるため、どうしても丸二日、徹夜になったりします。48時間寝ないでいると、手が震えてきますね(笑)」
そうまでしても、どのお菓子も焼き上がりが発送前の3日以内というルールを厳守する。
「わたし自身が、(他のお店で)焼き菓子を買って食べて、ああ、これは焼いてだいぶ日が経っているなと感じてがっかりしたことがあるので。お客さんにそういう気持ちになってほしくない、という思いが一番にあります。大変は大変ですけど、好きなことだから辛くはないです」
受注生産にしているのは、お菓子の鮮度を確保する以外にもう一つ、食品ロスの低減という狙いがある。
「通販する分は受注製造ですし、店舗販売をする際も売り切れる量だけを作ります。製造工程では審美的な意味で(売り物にしないと決めることで)多少のロスが出ますが、トータルでは食品を扱うお店としてケタ外れに少量に抑えています。社会問題って自分一人が取り組んだところでどうせ変わらないと思ってしまいがちですが、一人ひとりが意識すれば必ず変わってくることです。今後も、食べ物の大切さや製造者の思いを伝えながら、自分に出来ることをしていければと思います」
食べ物にしか興味が持てないと言いながら、食べ物を通して社会を見つめる目を持っている。
2日に1回ペースのインスタグラム更新も「ネタがない」と言いながら続けている。ナツメロをからめたダジャレや日常生活でのちょっとした失敗談などと共に、お菓子作りの工程の解説や新しいお菓子の試作模様などを届けている。
Instagramより
「わたしがどんな人間なのか、少しでも伝わったら、それがお客さんにとって、作った本人から買う意味になるかもしれないと思って。甘いものって、基本的にはどこで買っても美味しいじゃないですか。『ウッ』となるほどマズいことはめったにない。だからこそ、わたしが作っているこのお菓子をわたしから買いたいと思ってもらえる理由がなくちゃいけないと思うんです」
開業から5カ月の間に休日は2日だけだった。今は改善策を具体的に考えている。経理や事務など、お菓子作りに直接関係しない部分で人を雇ったり、ネット注文を受ける日時を決めて負荷をコントロールしたり、比較的負担が少ない単品売りの商品を増やしたり、といったことだ。
「発送スケジュールに追われていたり、寝不足で疲れていたりすると、いいものができないと思うので。販売方法を工夫したりして、お菓子作りのやり方はいっさい変えないまま、(オーバーワークの状況を)改善したいと思っています。新しいお菓子も試作したいし」
工夫しながら、“新鮮な焼き菓子”というコンセプトをあくまで守っていく。
開店が秋だったので、もうすぐ菓子屋azumiにとって初めての夏が来る。
「新しく、チーズケーキを出すことにしました。夏場は焼き菓子も常温で扱うのは心配なので、それならいっそ冷蔵の商品を作って、夏の間はクール便で送るお菓子にシフトチェンジしようと思って。それと、パイもやりたい。シーター(生地を伸ばす機械)があるので、パイの織り込みから外注せずにできるんですよ。中に何か入れるんじゃなくて、『うなぎパイ』みたいな、表面に砂糖を振ったパイ生地のお菓子を出したいです」
どんなに忙しくても、頭の中はお菓子作りのことでいっぱい。中長期的な展望もそれは同様だ。
「中長期的には、いろんなお菓子を出したいですね。定番商品もあって、新しいお菓子が短いスパンで出てくるのが理想です。うちはリピーターのお客さんが多いので、パウンドケーキでも新しい味のとか、クッキーも新しいフレーバー、型のを作って、飽きずに楽しんでもらえるようにしたいです」
好きなことを仕事にして輝く柴田さん。人生の歩み方は「自分を幸せにする」ことが指針だという。
「価値観は人それぞれで、幸せに感じることもそれぞれ。大事なことは自分と向き合うことだと思います。自分がどのように生きたいのか理解する。やりたいことがあれば、それを実現するために何をすべきか見えてくるはずだし、やりたいことがなければ、とりあえず何か始めて、自分が幸せを感じられるものを探せばいい。どんな経験もムダにはならないはずです。
もちろん、自分の言動が他人にどう影響を与えるか、理解し責任を持つことは大切ですが、まず自分を幸せにしないと、他の人を幸せにしたりできないのかなと思います」
最後に、同世代の若い人たちにメッセージをもらった。
「世の中は(新型コロナウイルスで)大変な状況になってしまいましたが、やっぱり行動を起こすことが大事だと思います。今はSNSやネットが発達して他人の情報も目に入りやすいですが、それはあくまでその人の一面。比較して落ち込んだりしないで、自分に必要な情報だけを拾ってうまく活用したいですよね。わたしは、人生に深い意味などないと思っているんです。皆さんもそれぐらいに思って、あまり考えすぎず、恐れずに挑戦してほしいと思います」
菓子屋azumi 店主 柴田 阿寿美
kashiyaazumi.shop/
instagram@kashiyaazumi
2020年10月オープンの「菓子屋azumi」は、埼玉県にある小さな工房から新鮮な焼き菓子を直送でする、ネット販売を中心とした菓子屋。一つ一つ手作業で丁寧に、製造から梱包、発送まで全てを工房で行っています。
「文房具や紙製品がもともと好きで。ハグルマさんはサイトの制作例が自分好みだったので、絶対ここにお願いしようと思いました。ロゴはネットのコンペにかけて創ってもらったものです。手にも鳥にも見えるマークは、手作りのお菓子を通販で届けるよ、っていう意味です。」
「パッケージのデザインは羽車さんのデザインオーダーを利用しました。コンセプトやイメージを伝えて、あとはお任せでデザインをトータル提案いただいたんです。活版印刷が好きなんです。凹凸がある感じが気に入っていて、パッケージにも取り入れてもらいました。」
サイズ | 137×234×h59(糊どめ箱 ) |
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紙 | ボード紙 ハイホワイト 500g |
印刷 | オフセット印刷 活版印刷 |
色 | 特色2色・ダークグレイ |
価格 | 価格 300個 72,400円 / 500個 99,000円(+税) デザイン提案サービス 50,000円(+税) 納期 校了後8営業日 |
サイズ | A4シール台紙 オリジナル 297×210mm 15片(シール ) |
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紙 | (シール素材)HAGURUMA Basic プレインホワイト |
印刷 | デジタルフルカラー |
色 | フルカラー |
価格 | 100枚 25,100円 / 150枚 36,400円(+税) デザイン提案サービス 2点 20,000円(+税) 納期 校了後6営業日 |
サイズ | 310×65mm/350×65mm(紙帯 ) |
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紙 | HAGURUMA Basic ライナーグレイ100g 未晒クラフト100g |
印刷 | オフセット印刷 |
色 | ブラック |
価格 | 300枚 6,975円 / 500枚 7,825円(+税) デザイン提案サービス 2点 25,000円(+税) 納期 校了後3営業日 |
サイズ | 91×55mm(ネームカード ) |
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紙 | ネームカード ボード紙 グレー 450g |
印刷 | オフセット印刷2色 活版印刷2色 |
色 | 特色4色 |
価格 | 1,000枚 45,700円 / 2,000枚 60,400円(+税) データ入稿 納期 校了後7営業日 |