橋本さんは千葉県の出身だ。焼酎造りが盛んな九州に縁があるわけでもなく、実家が酒屋や酒蔵だったわけでもない。焼酎の魅力に目覚めたのは、大学時代のアルバイトがきっかけだった。
「焼酎バルだったので、お店には焼酎が常に何十種類もありました。それまでは焼酎にあまり良いイメージがなく、美味しい焼酎にも出会えていなかったのですが、バイトを始めて印象が変わりました。特定の銘柄が気に入って、というよりは、個性の異なる美味しい焼酎がたくさんあるということに感動しました。」
焼酎のファンになってみて、橋本さんはある疑問を抱く。焼酎は、味はいいのに、それに比してどうも地位が低いのはなぜだろうということだ。日本酒は2010年代に何度目かの地酒ブームを迎え、和食ブームと相まって欧州などでも愛される傾向にあるが、焼酎は安酒のイメージが根強く、海外では存在をほぼ知られていない。
「軽い疑問だったのですが、なぜか頭から離れなくて、ネットで情報を探ってみました。そうしたところ、日本酒のようにブランディングに力を入れる動きが、焼酎業界には見つかりませんでした。誰もやっていないのか、だったら自分がやってみよう、これは可能性がある、と思いました。」
そうと決めると行動は早かった。焼酎イベントなどを通じてたくさんの人に会い、焼酎業界に人脈を作り、焼酎専門商社でインターンのようにして働き始めた。焼酎イベント出展時のスタッフとして、海外にも3度渡った。
2019年 韓国での焼酎イベントにて
その後の起業も含め、橋本さんはなぜ、ためらいもなく挑戦できたのか。これだと思う自分の道を進めたのか。「子どもの頃から好奇心や探究心が強かったんですか」と尋ねてみると、「周りの子どもと変わらないレベルだったと思います」との答えが返ってきた。
「好奇心も集中力も、子どもが普通に持っているレベルのものだったと思います。ただ、僕はそれを大人になってもなくしていないのかもしれません。例えば、クルマってどうやって動いているんだろうとか、子どもの頃に『なんで』『どうして』と思った気持ちが大人になると薄れますよね。よく理解できないけど自動車メーカーに就職するわけじゃないし、まあいいや、となる。僕は『なんで焼酎は美味しいのにあまり広まっていないんだろう』と疑問に思って、それを知りたい気持ちが続いたので、今こうなっているんだと思います。」
橋本さんいわく、好奇心を失わないでいる秘訣は、好奇心旺盛な人の近くにいることだという。
「何かを見て、これ好きだとか、こんな人になりたいとか、そういう気持ちが生まれたら、それを大事にする。そうやって生きている人たちのそばにいて刺激をもらうのもいいと思います。僕はたまたま、学生時代から周りにそういう人が多くて。同じ大学で音楽をやっていたんですが、みんなちゃらんぽらんだけど芯があるんですよね。メンバーには音楽への精神や好きな気持ちを大事にしよう、という暗黙の約束があった気がします。今は、僕は焼酎で彼らは音楽で、やってることは一見違いますが本質は同じなんです。今でも、そういう刺激を受けられる場には意識的に身を置くようにしています。」
商社での仕事を含め、焼酎業界での活動を1年ほど続けて、橋本さんが痛感したことがある。
「焼酎は安売りされすぎているということです。焼酎には、大量生産によって1本当たりのコストを低く抑えているお酒もあれば、職人がこだわって作り、何年も熟成させたお酒もあります。それなのに、値段はどれも似たり寄ったり。これでは品質の良さが伝わらない、かえってお客さんを遠ざける結果になってしまうと感じました。」
そこで、橋本さんは起業を意識した。
「最初から高く売ることを目指して企画して、それにふさわしい品質の焼酎を探して、パートナーから供給を受ける。商品化の際はデザインやストーリーの伝え方など、ブランディングに努める。そんな焼酎ベンチャーを立ち上げようと思いました。」
起業に当たって最初にしたことは、周囲への“宣言”だった。
「『学生だけど焼酎ベンチャーやります』って、変な人じゃないですか(笑)。少なくとも一般的な進路ではない。口に出していかないと(気持ちがひるんだりして)やらないなと思ったんです。それで、両親や友達に話しました。」
意志を補強する狙いもあっての宣言。両親からは「猛反対というほどではないですが、呆れられました」。しかし、そのときにはもう決意は揺らがなかった。さっそく酒蔵を回ってパートナー探しの日々が始まる。
「やっぱり、ハードルは高いです。焼酎の蔵元はだいたい地方にあって、社長さんも年配の方が多い。取引先との連絡手段も固定電話やFAXだったり、携帯電話もガラケーだったり、公式サイトがなかったり、そういうのが当たり前の世界です。本業の酒造や販売も、昔ながらのやり方を変えるつもりがない、変える必要性を感じていないところがほとんどだと思います。」
ハードルを一緒に越えてくれたのが、明治18年創業、福岡は筑後川のそばにあるゑびす酒造だった。「3年以上熟成しない酒は出さない」という方針で、長期熟成のプレミアム麦焼酎を造る蔵だ。5代目の田中健太郎社長と橋本さんは焼酎イベントなどでたびたび顔を合わせていた。年齢は20ほど離れているが「もともと仲が良かったですし、ゑびす酒造さんのお酒が大好きだったのでお願いして、聞き入れてもらえました」。
ゑびす酒造株式会社5代目の田中社長(右)と。(Photo:SHOCHU X)
ゑびす酒造で貯蔵されながら商品化を待っていた焼酎の中から、SHOCHU Xで商品化する酒を選んだ。地元産の二条大麦を2種類使い、「全麹3段仕込み」と呼ぶ製法で麦の味を引き出し、ホーロータンクで5年熟成させた焼酎だ。全麹3段仕込みは、通常は2段階の仕込み(酒母となるもろみ作り)を3段階に分けて行い、3段階とも麦麹を用いるのが特徴。麦の味わいを最大限まで引き出せるという。アルコール度数は40度と、一般的な焼酎の25度に比べて高い。
「世界の蒸留酒は、ウイスキーもウォッカやテキーラもだいたいは40度かそれ以上です。40度にもなると風味をしっかり付けられるし、カクテルにも使いやすい。25度の焼酎は、海外から見ると中途半端だということも、焼酎が普及しない一因ではないかと思います。」
そもそも、焼酎が25度で定着したのは、1940年に制定された旧酒税法において、25度までが基本税率で、25度を超えると累進課税があったからだといわれている(諸説あり)。現行法では21度までが基本税率なので、25度にこだわる理由はもうない。
「長く買ってくれているお客さんや酒造現場の慣れもあるので、なかなか変えにくいんだと思います。ですが、新参者の自分なら、40度の焼酎で新しいお客さんにアピールできると思いました。」
櫂(かい)でタンクの中の醪(もろみ)を混ぜる二次仕込みの工程。原酒をブレンドしバランスのよい香りと味の焼酎を仕上げる。(Photo:SHOCHU X)
高コストな原材料、製法、貯蔵期間で、「試飲させてもらったなかで一番好きな味」という逸品。名前は「希継奈-kizuna-」とした。「知人が言ったのを、いいなと思ってそのまま採用しました」という意外な誕生秘話だ。一方で、ブランディングにおいて重要な値付けに関しては、たくさんの人に意見を聞いた。『1本5000円のレンコンがバカ売れする理由』(新潮新書)の著者・野口憲一さんもその一人だ。橋本さんがSNSに本の感想を書き込んだのがきっかけで交流が生まれた。
「お忙しい方なのに、事情を話したら会ってくださいました。ブランディングや値付けについて3時間ほど熱く語っていただいた後に『でも最後は自分のカンだよ』とおっしゃって。それで、自分の直感に従って、720mlで税別9400円にしました。高コスト、高品質な焼酎を正当な値段で売るプロジェクトなので、2000円や3000円ではありえませんが、9200円ではなく9400円だった理由があるかと聞かれたら、正直それはないんです。カンですから。5000円のレンコンを僕も食べました。めちゃくちゃ旨いですよ。」
思い切った高価格に設定したのは、市場の広がりを意識してのことだ。
「高級ワインやシャンパンが美味しいのは、極論すれば高価だからだと思うんです。憧れ、ブランド、ラグジュアリー感、いいものを口にしているんだという満足感、そういうものがあるから、より美味しく感じられる。飲むときの体調や環境、合わせる料理もいいものにしようとするので、さらに体験価値が上がるはず。そういう考えで希継奈の値付けをしました。」
「もう一つ、焼酎市場全体の商品構成として、ピラミッドの先端が欠けていると感じていました。高級商品もあって、手ごろな価格の商品もあって、バランスのいい構成になっていた方が、新しいお客さんを呼び込めるはずです。1本1万円の焼酎に手が出ない人もいるでしょう。でも、非常に高品質な焼酎の存在も知った上で、少し下のクラスの焼酎を手に取ってもらうとか、そういったことが起きればいいな、そんなきっかけで(他社の商品でも)焼酎を買ってもらえたらいいなと思っているんです。」
橋本さんは、焼酎のピラミッドに突端を作れるのは自分だけだという思いがあった。
「酒造メーカーはほとんどが百年企業です。昔から安価で売ってきたのに、『来年からは高価格帯でいくよ』とはなかなか言い出せないし、周りの同業者やこれまでのお客さまの理解も得にくいですよね。だから、なんのしがらみもない僕がやるべきだと思うんです。業界に新しく入った人間だからこそ、出来ることがあると思っています。」
クラウドファンディングの仕組みを使って、資金を集めながら先行販売を行うと、117人が総額160万円超を出資した。目標額の100万円を大きく上回る結果だ。
「すごく心強かったです。応援メッセージに『焼酎を買ったことがないのですが』と書かれる方も多くて、“広げる”ことができたんだなと思うとうれしかったです。」
「お酒を飲む機会が少ない人にも興味を持ってもらえるんじゃないかと思っていましたが、その通りになったと思います。日常的に飲むわけではないからこそ、週末や友達と会った日やいいことがあったときにいざ飲むとなれば、高級なお酒や特別なお酒がいい。そんなふうに考える人が必ずいると思っていました。」
出資を募る一方、商品として送り出すために、ラベルや包装紙などの準備も進めた。高級感を重視したというラベルには「JAPANESE SHOCHU」の記載が。海外ではソジュ(韓国焼酎)のほうが親しまれているため、別物であることが分かるようにした。デザインも海外進出を前提に考え、日本らしさを大切にしたという。
2020年8月、クラウドファンディングは成功裏に終了し、9月には公式ECサイトを立ち上げてオンライン販売を始めた。苦労の甲斐あって、「希継奈」を購入した人からは、好意的な感想が寄せられている。
「自信を持って送り出したものとはいえ、不安はありましたので、『焼酎ってこんなに美味しいんだ』という感想がとてもうれしく、自信になりました。」
これからについて
現在は第2弾、第3弾商品も企画が進んでいる。1本はゑびす酒造との再タッグ、もう1本はまた新たなパートナーからお酒の供給を受ける予定だ。高級レストランや高級ホテルとの提携など、焼酎の販路拡大にも努める。
「例えば星野リゾートさんみたいに、日本の文化や伝統を再構成して訴求するような事業者とぜひ組みたいと考えています。ホテル内のバーで出してもらえたら最高ですね。」
「かつて、お酒は酔うために飲まれていたと思うんです。その時代は、お酒の競合はお酒でした。今は、価値を共有するとか、その時間を楽しむとか、そういう意味で飲まれている。そうなってくると、競合はお酒ではないんですよね。ネット配信の映画かもしれないし、スマホゲームかもしれない。そういったエンタメとの時間の奪い合いに勝つために、焼酎でどんな体験を提供できるのか。そんなことを考えながらやっています。」
あらためて、“夢”は何か、聞いてみた。橋本さんの答えはとても短かった。
「焼酎を世界の酒にすることです。」
株式会社SHOCHU X
代表取締役 焼酎野郎 橋本 啓亮
九州出身でも、酒蔵・酒屋の息子でもなく「焼酎」に縁もゆかりもなかったが、学生時代の焼酎BALでのアルバイトを機に、焼酎を好きになる。
1年程業界に従事した後、「焼酎の安売り」に強い課題を感じ、株式会社SHOCHU Xを創業。SHOCHUの未来を創るをミッションに、高級焼酎ブランド“SHOCHU X”を運営。
「希継奈の箱を開けると、お客さまの目に最初に飛び込むのが、このパンフレットです。箱を開けるところも、焼酎を飲む体験の一部ですし、焼酎を口にする前に“情報を飲”んでもらって、期待を膨らませてもらいたかったので、こういうものを同梱することにしました。」
「こういうところにお金をかけるべきだと思ったので、デザインは大学の先輩のデザイナーに依頼して、紙・印刷を羽車さんにお願いしました。この麦の絵はデザイナーの提案で、見てすぐ気に入って、ほとんど即決で採用しました。トレーシングペーパーを重ねたとき、麦の絵と説明文が重なるところが気に入っています。」
「羽車さんのことは、ネットで検索して見つけました。ホームページがおしゃれで見やすかったのと、ショールームがあってすぐに対応してもらえそうだったのが決め手です。実際、対応がとても丁寧で迅速で、これはお世辞などではなく、本当に助かりました。お客さまアンケートでも、包装紙や箱やラベルなどを含めたデザイン物のなかで最も好評だったんですよ。」
サイズ | 75×297mm(A4シートを断裁) |
---|---|
紙 | A4シート トレーシング 135g |
印刷 | デジタル印刷・断裁加工 |
色 | ブラック |
価格 | 300枚 19,600円/500枚 28,100円(+税) データ入稿0円 |
納期 | 校了後4営業日 |
サイズ | 75×297mm(A4カードを断裁) |
---|---|
紙 | A4カード コットン スノーホワイト 232.8g |
印刷 | デジタル印刷・断裁加工 |
色 | フルカラー |
価格 | 300枚 19,450円/500枚 28,400円(+税) データ入稿0円 |
納期 | 校了後4営業日 |
サイズ | 150×297mm(A4カードを断裁) |
---|---|
紙 | A4カード コットン スノーホワイト 232.8g |
印刷 | デジタル印刷(両面)・断裁加工・折り筋加工 |
色 | ブラック |
価格 | 300枚 20,750円/500枚 29,900円(+税) データ入稿0円 |
納期 | 校了後5営業日 |