STORY

初めての直営店

初めての直営店

さかのぼること18年前の2001年。紙製品メーカーである羽車が、個人向け手紙用品の専門店ウイングド・ウィールを表参道にオープンしました。今でこそ店舗やショールームでたくさんのお客様とお会いしていますが、メーカーが店舗を持つまでには、たくさんの変化が必要でした。

構想1.
製品を「お客様へ」直接届けたいという想いからスタート

長い間、羽車のお客様は、印刷会社や紙の卸問屋などいわゆるB to Bで、実際に封筒を使うユーザーではありませんでした。
羽車は1995年頃より、請求書や帳票類用の大ロットの封筒などから、多品種・小ロットの封筒へと少しずつ舵を切り始めていました。他社との差別化をめざし、質感のよい紙のカラフルな封筒を開発し、複雑な印刷加工を加えた付加価値の高い封筒を世の中に広める道を考えたのです。
もっと知ってもらうにはどうしたらよいのか。こだわりの封筒を直接使うお客様に届けることはできないか、という思いが湧いてきました。

構想2.
製品をブランドへ コンセプトワーク

付加価値の高い製品を売るには、圧倒的によいものを作りブランド力を高めることが欠かせない。現代表の杉浦がずっと考えていた構想は「個人向け紙製品のブランド」を作ることでした。ハレの舞台である結婚式の招待状や、カスタムオーダーした名前入り便箋、こだわりの名刺。紙、加工、デザインに徹底的にこだわり、その人らしさを表現する紙製品を作る。封筒や手紙の本質的な価値を伝えることができたら、ブランドに近づくのではないか。杉浦は、欧米の老舗ステーショナリーストアの視察を続けながら、日本でそれを実現するには何が必要かを考え続けました。

ブランドイメージを左右する重要なブランド名は、創業からの商標である「羽と車」に由来しました。手紙を飛行機(羽)や汽車(車)で大切に届けようという創業時からの思いを継ぎ「Winged-Wheel(ウイングド・ウィール=羽の付いた車輪)」と名づけました。ロゴマークも、羽と車のモチーフをクラシカルな印象にデザインされました。

準備1.
商品開発・デザイナーについて

ブランドの準備がスタートした頃、羽車には個人向けの商品は少なかったため、まずは商品群の全体像からの開発が必要でした。当時、本社企画部に在籍していた原が、ショップと商品のディレクションを担当。デザインはもちろん、ブランド全体のバランスを見たり、ストーリーを育てたり、杉浦と手さぐりのブランド作りが始まりました。

また製品の柱となる「紙素材」と「加工」への挑戦も始まりました。紙は、質感がよくステーショナリーの素材として歴史があるコットンペーパーを抄いてくれる製紙工場を、杉浦自ら探し始めました。しかし羽車の細かいリクエストに応え、しかも小ロットで紙を作ってくれる工場はなかなか見つかりませんでした。 加工は、凹凸のある「彫刻版」を作製する職人さんや、手作業で紙の縁をカラーリングする職人さんを何度も訪問する日々が続きました。

そして1999年、個人向けの手紙用品ブランド「ウイングド・ウィール」を設立。店舗の物件探しは難航中、オリジナルコットンペーパーは抄造のテスト段階で間に合わないままでしたが、店舗に先駆けてまずはオンラインストアからスタートしました。

立体的な彫刻版で刻印したウエディング招待状。安全な航海を願う錨(アンカー)はクラシックなモチーフ

商品は「シンプル・クール・トラディショナル」に。無駄がなく、知的さもあり、伝統的でスタンダードな商品を目指した。

主役の文章をそっと引き立てる、ユーモアある表情の生きものたち。№700は、オープン当初より少しずつモチーフが増えている定番のシリーズ。

準備2.
店舗探し・ショップ店長について

店舗探しも続きました。イメージする店舗の場所はなかなか見つからず、1年以上場所探しに費やしました。場所は、日本一感度の高い人が集まり、世界に開かれた街「表参道」。わざわざ来てもらえてゆったり過ごしてもらえるように、1本裏通りに入った場所をさがし、ようやく理想的なビルに巡りあうことができました。
そして店舗の立ち上げスタッフは、東京営業所で事務を担当していた柳に決まりました。彼女は、文具売り場のある小売店や、ビジネスコンビニエンスから社用封筒の注文などを担当していました。良い時もクレーム時も、お客様とのやり取りを進められる責任感やセンスから、杉浦からの信頼も厚く抜擢されました。
その頃のことを、彼女はこう振り返ります。



私は東京の営業所で採用され、営業アシスタントをしていました。入社してだいたい3年くらい、社内外の仕事をスムーズに流せるようになってきた頃、杉浦社長から電話がありました。「東京に直営店を作りたい、そしてその立ち上げスタッフをやってくれないか」ということでした。最初はなぜ私?と訳がわかりませんでした。

その後、杉浦から直接じっくりショップイメージを聞きました。付加価値の高い、その人向けにカスタマイズされた商品を、お客様の話を聞きながらオーダーを受ける。今までどこにもないようなそんなお店を作りたい、と。これは面白いことが起きるかも、と思えてきたんです。前職では、車椅子や杖などを販売していたのですが、何が必要なのかを聞き、商品を届け、人が笑顔になる瞬間まで見届けることで達成感を味わっていました。ですから「実際に使うお客様に届けるところまで自分たちで手掛けたい」という杉浦の言葉には大いに共感できました。正直なところ、怖い気持ちもありましたが……。杉浦の強い気持ちも分かっていたので、その未来にかけてみようと思いました。

準備3.
オープン前 内装や品揃え

内装は、杉浦と感性がぴったり合う大阪の店舗デザイナーに相談しました。宝石を鑑賞するようにカードや封筒を陳列できるガラスケースのディスプレイ。発想を邪魔しないシンプルさ、クラシックすぎないモダンさ、作りすぎない素材感。棚には、色とりどりの封筒が整然と並び、創造力を掻き立てられるわくわくするような空間に仕上がりました。

店舗を作るなんて、会社としてもはじめてのこと。あれが足りない、これも足りない、の連続でした。内装の工事と並行して、スタッフの採用面接や研修の日々。最後に、数百種類もの商品を覚えて並べ、陳列棚への値札貼り。夢中で準備に取り組む日々が続きました。
オープン前日、洗練された店内に並んだ商品は、キラキラと輝いて見えて「売るぞ!!」と胸の中で決意を込めました。夜遅くやっと準備が終わった時、杉浦がぐるっと店内を見渡してお店が現実になってこみ上げる嬉しさと覚悟を決めるような、そんな表情だったのを覚えています。

2001年7月、ウイングド・ウィール表参道 オープン

照明には和紙を吊るして眩しさをコントロール。紙の繊維が透けて素材感が伝わる思わぬ効果も。


初日からお客様が来店しホッとしたのを覚えています。数週間が経ったころの週末、初めてお客様で混み合った瞬間がありました。レジを打ちながら店内を見渡すと、接客するスタッフと楽しそうに紙を選ぶお客様でいっぱいでした。「本当にお店になった! 」と、初めてじんわりと感動した瞬間でした。

オープン後1.
オペレーションの苦戦・スタッフ教育

お客様が増えてくると、大阪と東京という距離が意外な溝になってきました。納品に時間がかかる、印刷オーダーがスムーズに進まない。そして社内の問題としては、企画部で考えるブランドの世界観が店舗では深く理解できず、なかなか一体感を持てない時期がありました。
何回もやり取りを重ね、半年ほど経った頃からか、企画からコンセプトについて丁寧な説明と、開発までのストーリーも共有されるようになってきました。店舗のスタッフからも、お客様の声を集めてフィードバックするように。小売店として当たり前なことにようやく気づき、企画とコミュニケーションをとりながら、徐々に売上を作ることができるようになってきました。

スタッフの教育も苦労しました。まず、数百種類の商品を覚えて、カードにあう封筒サイズを理解してもらわないといけません。紙の種類も、色のバリエーションも豊富。価格もまちまちなので、スタッフが嫌になってしまうのでは、といつも心配していました。慣れてくると、ウエディングならではの招待状マナーや、名刺のレイアウト、封筒のルーツや書体について勉強会を重ね、徐々にお客さまとの会話を楽しめるようになってきました。

スタッフによる手作りのウインドウ ディスプレイ。季節やテーマ決めから担当スタッフがおこなっています。

オープン後2.
お客様と接して嬉しかった体験


休日にウイングド・ウィールのショッピングバッグを持っている人とすれ違った時。大きな袋を持って、とても楽しそうな表情のお客様。はじめはそんな瞬間に素直な嬉しさを感じていました。
リピートのお客様、顔なじみのお客様ができてきた時も幸せな瞬間です。「紙だけ売って儲かるの?潰れるよ!」なんて叱咤のエールをいただいていた近所のお客様は、今でもよいお客様としてお付き合いいただいています。毎年年賀状を注文くださった方、15年ぶりにお会いして、懐かしい対面をした方もいらっしゃいます。こんなに嬉しいことはありません。
独立して起業する。大事なプレゼン用に名刺を新調したい。そんなお話を聞いて一緒に名刺を考えた方から、その後の嬉しい報告を聞いたことも。忘れられない出来事にたくさん出会うことができました。

2004年12月、大阪心斎橋に2店舗目となるウイングド・ウィール心斎橋をオープン。

地元大阪の店舗として13年間ご愛顧いただきました。(現在はクローズ)

その後.
接客の経験を生かし、企業向けショールームをオープン

2013年、ウイングド・ウィールのほど近くに、羽車の企業向けショールームを開設しました。メインで立ち上げに関わっているのは、ウイングド・ウィールの接客を5年以上担当し続けてきたベテランのスタッフです。
ショールームでは、ハグルマオンラインストアのほぼすべての商品を手に取って確認しサンプル購入できる他、実際に印刷加工したイメージサンプルを豊富に揃えました。加工に適した紙素材、効果的な使い方から予算や納期の相談など、内容はより専門的に。企業の代表の方やデザイナーなどからお話を聞き、納得いただけるゴールを共に目指します。かつてのウイングド・ウィールスタッフは、個人のお客様と丁寧にお話を聞いていた時間と体験が、今とても役立っていると言います。

約1,000種類の商品から、用途やイメージに合わせて紙を選ぶ。紙の表情や加工との相性を知ることも大切。

ショップやショールームは、お客様が商品価値を教えてくれる場所

2001年のオープン後7年間店長を務めた柳は、2009年に出産のため産休をとり、復帰後からは企画広報部にてPR職に就いています。その間で、ずいぶん視野が広くなったような気がするといいます。

当時は深く意識しませんでしたが、今振り返ると店舗は「商品の価値に気づかせてくれた」場所だったと思います。直接届ける場をもつと、お客様の表情を目の前で見られる喜びがあり、それがまた商品を作る原動力になるんだと感じています。

紙製品メーカーが店舗にチャレンジしたことは、ものを作るだけでなく、ものを届けるまでをきちんと考えたきっかけにつながりました。そしてそれは、よりたくさんのお客様に商品を届ける「ハグルマオンラインストア」のチャレンジや、「よいデザインを共につくる」という企業理念につながる企業文化を作りました。お客様と直接の接点を持ったこと。ウイングド・ウィールは、羽車のものづくりの原点を支える転機となりました。

ウイングド・ウィールを支えるベテランスタッフ葛西(左)戸倉(右)と、現在は広報担当の柳(中央)