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数字にこだわらない、直感のものづくり。

(Photo: Ai Hirano)

数字にこだわらない、直感のものづくり。

10年くらい前からでしょうか。時代から取り残されていた活版印刷が、NYでのブームを経て、日本でもじわりと再評価され、羽車でもアナログ印刷の依頼が増えてきました。凹凸感のある文字の手触り、独特の質感。それらを形にしているのが、アナログ印刷に長けた職人たちです。
何かと難しそう、大変そうなイメージですが、本当のところってどうなの?
ずらりと機械が並ぶ羽車の工場のなかでも、とりわけ年季の入った機械を日々使いこなすメンバー〈チーム・アナログ〉が集まりました。

(写真右から) 製造部 生産課・印刷工程/賀古、上田、豊田、巽(たつみ) オンラインストア/木田

手にしたとたん、質感や手触りの
よさが分かる

賀古
羽車の中でも、特に古い機械を扱い、自分の感覚を頼りに作業している〈チーム・アナログ〉のメンバーが揃いました。私は普段、各工程のとりまとめ役を務めています。早速ですが、皆さんは自分がアナログな機械を扱ってると実感する瞬間ってありますか?
豊田
数年前まではオフセット印刷を担当していて、ボタンひとつで動かすものが多かったけど、それがアナログ機械の担当になったとたん、手であっちこっち触って動かしていくことに戸惑いました。
上田
そうだね、いろんなところを触らないといけないからね。

ドイツ ハイデルベルグ社の活版印刷機。圧の強さなどすべての調節は、このダイアルひとつで行う。

木田
私はオンラインストア担当なので、いろんな業種のお客様とやりとりするんですが、一見アナログなものと縁がなさそうな、IT系や最先端をいく業種の方からの発注も多いんです。とても興味深いですよね。
それまで活版印刷に興味がなかった方も、偶然目にして触ってみたときに「これ、いいな」と体験して感じることがあるのかも、と思いますね。手触りとかあたたかみがあっていいですよね。

柔らかなコットンペーパーに、ぐっと押されたように刷られる活版印刷。 凹んだ印刷面から温かみを感じる。

上田
そういえば、名刺の注文で、空の色を活版印刷できれいに出してほしいというのがあったんですが、難しかったよね。活版印刷は圧をかけて印刷するので、どうしても色が濃く、くすんでしまう。インクの調合と圧の掛け方を調整して、やっと完成したときは嬉しかったですよ。
木田
そのお客様は、ちょうど会社の転換期で大事なタイミングだったんですよね。こだわったものが作りたくて注文してくれたんですが、すごく気に入ってくれました。

機械のメモリはただの数字、
経験と直感がすべて。

賀古
上田さんは高校を卒業して以来、ずっと印刷の道を歩んで来られたんですよね。長年活版印刷の職人としてやってきて、最近の活版印刷ブームはどう感じますか?
上田
今年で65年目になりますけど、活版印刷が流行ると思っていなかったんで驚いてます。昔は圧をかけずに、文字が凹まない印刷をすることがきれいな印刷でしたから、圧を強めにかけて凹みがでるようにすることに、はじめは抵抗がありました。羽車に来た13年前は、だいぶ試行錯誤しましたね。
賀古
豊田さんは、紙の縁に色をつけるボーダード加工の担当ですが、職人技を引き継ぐことで一番大変だったことはなんですか?また、巽さん担当のインク調合もセンスが必要ですよね。どんな苦労があります?
豊田
ボーダード加工は、最初に紙を両手で持ってずらして広げるんですが、100枚をミリ単位で均等に広げるのが難しくて習得するのに苦戦しましたね。親指の力を使うので、1年くらい親指の痛みが取れなくて。

紙縁のカラーリングは、クラシックな装飾方法。

色見本を見て、混ぜるインクの色と量を決めるのですが、ほんの少しで色が変わってしまうので、加減が大変でした。今は、リピートのお客様が過去に注文した色をみて「こんな系統の色が好きなんじゃないかな」と想像してみたりするんです。

オーダーに合わせて「特練り」で作ったインク。クライアントの理想とする微妙な色の加減を表現する。

賀古
どうやって、お客様が求めている色に近づけていく?
色を計測して調合する機械もあるんですけど、結局のところ、メモリはただの数字なんです。最終的に信じてるのは自分の直感ですね。正解はないんですけど、それがお客様の求められた色とぴったりだと言われた時は、やっぱりうれしいです。
賀古
その機械、高かったんやけどね (笑)

色を練りイメージ通りの色を作る。インクを練る作業は神経を使うので、体調や気持ちを整えておくことを心がけています。(巽)

チームアナログが目指すこと

賀古
これからの〈チーム・アナログ〉はどう変わっていくべきだと思います?
個人的には3枚の紙を張り合わせる、三層合紙を頑張りたい。以前、両面とも印刷してから三層に合わせるということがあったんですが、どうにも難しくて。特殊な発泡シルク印刷のスキルも上げていきたいと思ってます。

厚紙を2枚3枚とサンドイッチのように重ねる合紙(ごうし)加工(写真左)

ふんわりとした立体感が楽しい、発泡シルク印刷(写真右)

上田
巽さんみたいな、若い世代の技術力の伸びは著しいですよ。私も、そろそろ活版印刷は若い世代に任せて、さらに調整が難しい50年前の箔押しの機械を使いこなせるようにしたいね。
豊田
ボーダードの難しくて面白いところは、1枚1枚、同じように均一に作っているけど、インクののり方がそれぞれ違って、表情があるところ。さらに技術をみがきつつ楽しみながら、美しいものを作っていきたいですね。

若い世代に引き継がれていく 職人の技。

木田
こだわったいいものを作りたいお客様が多いので、現場の皆さんの前向きさは心強いです。仕上がった商品を気に入っていただいたとか、そんなお客様の声を聞くと、もっとこちらからもご提案していきたい、と思っています。
賀古
アナログ印刷は、手作業が多く機械のスピードも遅いので作るのに時間がかかるのですが、スピードが上がるように工夫をしていきたいです。これからは、アナログとハイテクの融合の時代なのかな、と思います。活版印刷とデジタル印刷を組み合わせたご注文もありますし、まだやったことのない組み合わせにも、チャレンジしていきたいですね。